眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

恋人とのNDA(秘密保持契約)

付き合い始めた翌日に、「ねえ、NDA秘密保持契約)を結びましょう」と彼女が言い出した時、最初は何を言っているのか理解でいなかった。NDAって、仕事でしか聞いたことがない。会社同士でお仕事をする時に、大切な情報などをお互い漏らさないように結ぶ契約のはずだ。

「私はプライベートなことを他の人に知られたくないの」というのがマリコの言い分だった。会社では、”できる課長”としてクールな印象でみられているマリコの言いたいこともわかる。

もし僕に同僚に「あの課長って実は寝る時は甘えてくるんだぜ」とか言われると思うと僕に甘えられなくなるのだろう。

しぶしぶだが、僕はわかった、と了承した。そしてお互いに契約書にサインした。契約書はマリコが作成した。慣れたものだ。

- 2人の付き合っている間に知ったお互いの秘密は誰にも言わないこと(すでに公知のものは除く。また相手の了承を得たものは除く)

- 秘密とは相手の嗜好性や行動、発言、特殊なコミュニケーションなど、公になっていない情報全般を指す。

- 付き合っている期間は2017年1月24日から分かれる時まで。

- 分かれる時は文面で伝えること。合意は要らない。

- 契約違反をした者は、内臓を売って、その売ったお金を相手に渡すこと

- 守秘義務は分かれてからも継続する

といったような契約だった。内蔵は売りたくなかったので、僕はマリコのことは誰にも言わなかった。

でも時々、僕はこまることもあった。

散髪屋の人に「恋人いるの?」と聞かれて、「どんな人」って質問をされた時は思わず「女の人」と答えてしまった。

あるいは、占いにいって恋愛相談にいった時も、すごく曖昧にしか彼女のことを説明できなかった。「サワラが食べるのが好きで23歳で」といったありきたりなことしか言えなかった。

友達にも言えないのは、なかなか息苦しかった。でもその分、マリコは僕に甘えてくれた。あんなことも、こんなことも言ってくれたし、してくれた。だから、僕はその代償に沈黙していた。

終わりは急だった。

「別れましょう」というLINEが届いた。契約書の通り、文面での通告だった。

恋愛に慣れていない僕にとって振られるという経験はとてもつらく、とても深いものだった。息ができなくなるんじゃないかと思った。一週間、まともに食事もできなくなった。会社も休んでしまった。出社して、彼女をみると、またも呼吸が止まってしまった。

こんなに苦しいのに誰も相談ができなかった。2ちゃんねるに書き込むことさえもできなかった。僕は誰にも相談できなかった。ただ、暗闇の中で生きていた。僕は彼女のことを誰にも喋ることができなかった。秘密を守ることがこんなに苦しいとはマリコは教えてくれなかった。

そんな経験から、僕はあなたにアドバイスをしたい。もし、恋人と秘密保持契約を結ぶ時は「振られた人は、秘密をばらしもいいこと」という条項を入れておくことを。

 

エレベーターの残り香

残り香に魅せられていた。

たまに自宅マンションのエレベーターで、その残り香があった。朝の出勤時や仕事から帰ってきた深夜に。甘く優しい香りで、仕事帰りにその匂いをかいだ時はとても癒やされたものだ。

そうして、僕はその香りに恋をしていった。こんな匂いを身につける人はどういう人なんだろう、と。もしかしたら想像している人とは全然違うかもしれない。良い匂いを付けているからって、素敵な人とは限らない。あるいは結婚さえしているかもしれない。それでも、僕はその匂いの持ち主に出会える人を願っていた。

そして、その日はやってきた。マンションの防火装置が壊れたらしく、夜の10時にもかかわらず、その装置が鳴った。なんだなんだ、とマンションの人たちは外に出てくる。その時に、横にいた人から匂ってきた香り。僕がいつも追い求めていた香りだった。

「こんな時間に大変ですね」と僕は思わず話しかける。思っていた人とは違ったけれど笑顔がチャーミングな人だった。

そこから交際までかかるのに時間はかからなかった。

彼女と彼女の匂いと一緒に過ごした期間だった。僕の部屋から立ち去った彼女の残り香をベッドの上で見つけ、その匂いをかぎながら眠ったものだった。ときには彼女が身につけているマフラーを借りて、その匂いで1日過ごしたこともある。お風呂上がりの無臭よりも、香水をつけている時の彼女に欲情した。僕は彼女の匂いが大好きだった。

別れの原因となったのもその匂いだった。いつからか彼女はその香水を身につけるのをやめた。「どうして」と聞いても、彼女は「気分が変わったから」と言っていた。香水好きの彼女がそんなことを言い出すのはおかしい。香水を変えるならわかる。でも、つけないなんて。

そうして、僕は「男といるのをみたんだけど」とかまをかけて、彼女の浮気が発覚した。相手は既婚者だった。だから、彼女の匂いが服につくのを避ける必要があったのだ。奥さんにばれないように。

彼女と別れてから1年たつ。マンションからは彼女の匂いは消えた。

でも、たまに街であの匂いとすれ違う。僕は思わず振り返る。でも、そこに彼女がいるわけもなく、知らない女性が歩いている。彼女の残り香を探している僕がいる。

彼女の匂いはなかなか消えない。

「写ルンです」で撮ったもの

「写ルンです」が、いま改めて人気らしい。

あのフィルムの雰囲気が良いのだろう。当時、使っていた人間からすれば、手巻きや現像のメンドクサさは懲り懲りだが、若い者には、それ自体が新しく珍しいのだろう。

だから、温泉旅行に彼女が「写ルンです」を持ってきても、さほど驚かなかった。流行っているんだな、と。

僕はミラーレス一眼で写真を撮り、彼女は写ルンですで写真を撮る。出来上がりの違いは面白い。

旅行ではたくさんの写真を撮った。細くて高い滝やいきの良い海鮮料理、道端で売っていたみかん。湯気の香る温泉や道中で立ち寄った小さなカフェのドリップコーヒー。2人で構図を決めてワイワイ言いながら。

旅行が終わり家に帰る。彼女が言う。

「2枚だけ残っちゃった」

そうだった。「写ルンです」には枚数がある。現像に出すのは、それを撮りきってからの方がいい。

「じゃあ、撮ってあげるよ」と僕は写ルンですを手にとって、彼女を撮る。ジコジコとフィルムを回す親指の感覚を懐かしみながら。

「久しぶりに撮ってくれたね」

と笑顔で彼女が言う。

そうだった。最初の頃は僕は彼女をよく撮っていた。しかし1年以上付き合うにつれて、彼女を撮らなくなっていた。被写体としての彼女に飽きたのか、それとも、彼女への興味が薄れたのか自分でもわからない。

でも、僕は彼女を撮らなくなり、彼女は自分が撮られなくなってきたと知っていた。

僕が「写ルンです」で撮った彼女は昔よりも笑顔だろう。僕は昔よりも彼女をきれいに撮れているだろうか。僕は彼女をどう撮っただろうか。

現像に時間がかかることがもどかしい。

to U

彼女と別れた理由は何だったのか。うまく思い出せないのは、「これ」という理由が明確にはなかったからだろう。

2年付き合うと、お互い倦怠感もでてくる。仕事で疲れている時はギスギスする。たまには喧嘩もする。かたや少し気になる人ができた。そうして、お互い会う頻度が減っていき、いつしか別れにたどり着く。それはまるで浜辺の砂の城のようで。何度か波がきている間に、気づけば砂は海にさらわれていく。知らない間に城が消えている。そんなふうに恋愛が終わる。

だからこそ、こうやって久しぶり会っても楽しく話ができるのだろう。お互い喧嘩で別れたのでもないから、友達のように再会ができる。

久しぶりの食事。その後に「二軒目に行く」とならずにカラオケになったのはお酒の飲めない2人らしい。そうだ、彼女も飲めなかったんだ、ということを改めて思い出す。5年も離れていると、なんだか付き合っていた頃が夢のようだ。ほんとにこの女の子と付き合ってたんだっけ。

カラオケで懐かしい歌を歌い合う。当時、付き合っていた頃も暇な時はカラオケに行っていたな、と。

2時間も過ぎ、そろそろ楽しい時間も終わりとなる。

「最後、好きな歌を歌おうっと」

そうやって彼女が入れたのが、Salyuのto Uだった。

イントロが流れはじめて鳥肌がたつ。この歌は彼女と分かれて知った歌だった。そして、自分もとても好きな曲だった。

その歌を昔の恋人が気持ちよく歌っている。その横顔がとても美しくて。

この曲を最後に選んだ彼女のセンスにとてもうれしくなった。そして、愛おしくなった。僕はやっぱり彼女と3年付き合ってたんだ、と実感する。同じ趣味を持っていたんだ。

僕はなぜこの彼女と分かれてしまったんだろう。

雨の匂いも風の匂いもあの頃とは違ってるけど、この胸に住むあなたは今でも教えてくれる

懐かしい歌声。胸に染み込む。こんな歌声をしてたんだ、と、その声の感触を楽しむ。

とても気持ちよさそうな声。

僕はなぜこの彼女と分かれてしまったんだろう。

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今週のお題「カラオケの十八番」でした

遅れる時計

インターネットのサービスを使う時に、「IDを決めてください」と言われる時がある。たとえば、「taro218」みたいなものだ。

そんな時に、ふと思い浮かぶ単語が「tokei(時計)」というキーワードだ。自分自身、時計にそこまで関心はないので「なぜ時計という単語が思い浮かぶんだろうな」と思っていた。

最近はとうとう夢にまで時計が出てきた。僕は時計に追いかけられている。あるいは、時計は何かを訴えかけてきている。

自分に何かを伝えようとしている時計を考える。それって何の時計だ?自分が身につけている時計は30歳の時に買った時計だけれど、こいつとは四六時中一緒にいるから、何かを訴えているとは思わない。

その前までつけていた時計だろうか。ただ、その時計も引き出しをみると、ちゃんとお利口にしている。

その時計は就職するために買った時計だ。大学四年生の時に買った時計。その前の時計は何だったっけな。

あ!っと思い出した。その前につけていた時は、まだ時計屋さんだ。時計屋さんに預けたままだ。

大学生の頃につけていたポールスミスの時計だった。革のベルトの。ある時から針の進みが遅くなり、1日で1時間ずれるようになった。でも当時は「電池を入れ替える」という発想がなかったから、毎朝、時計を1時間ずらして過ごしていた。どんどんずれていくのに、それを毎日1時間、巻き直していた。

普段はあまり時計を使わないからそれでも問題なかった。何より、大学生はそんなに精確な時間を知らなくても生きていける。

ある時、「電池かえると時計は復活する」という革新的なアイデアを聞いて、僕は電池を替えようと試みた。しかし時計の電池をどう変えるかわからない。大学生にとって時計は消耗品だったのだ。

そして、僕は助けを求めて時計屋さんに持ち込んだんだった。そのまま、預けたのさえも忘れてしまって、僕は「就職するから新しいのを買おう」と新しいものを買ったのだった。

あの時計は、まだあるだろうか。

その翌週末、僕はその時計屋の前にたっていた。しかし、残念なことに、その時計屋はもうなくなっていた。いまは携帯で時間をみる時代。時計の事業は儲からないのだろう。

僕を呼んでいた時計は、その時計だったのだろうか。

あ、と記憶は繋がる。もう1つ、僕が忘れている時計があった。

それはある駅前の時計台の時計だった。

そこで僕は当時付き合っていた彼女と待ち合わせをしていた。「時計台の前で」といういつもの約束だった。

僕が時計屋に忘れた時計も彼女が誕生日にプレゼントしてくれた時計だった。

ある時の時計台での待ち合わせに僕は遅刻をした。僕は時間どおりについたつもりだったのだけれど、僕の時計はポンコツだった。その時も彼女からもらった時間が遅れる時計を付けていた。

彼女は映画かなにかを見たかった。でも、僕が遅れたから、その時間に間に合わなかった。そして、2人は喧嘩した。お互い、不満が溜まっていたのだろう。その喧嘩がきっかけに新しい喧嘩を呼び、喧嘩の日々が続き、そして別れた。

久しぶりに彼女に会いたくなった。元気しているだろうか。

そうして、僕は彼女と再会して、10年以上の時を経て、再び付き合うことになった。時計が呼んでいると思ったのは、きっと彼女が呼んでいたのかもしれない。

「ずっと連絡を待ってたのに」と彼女が言う。僕の時間は彼女よりもいつも遅れている。連絡が遅れてごめんよ。

呪いの言葉

世の中には、呪いの言葉がある。

その言葉を言われると、人は動きが止まるという言葉だ。言われた方は、その言葉に苦しみ、寝る前に思い出し、あるいはシャワーに入っている時に思い出し、ひどく憂鬱になる。その言葉は時には数十年に渡って、人を苦しめるだろう。

そんな人の長期的に苦しめる呪い。

それが「あなたと出会わなければよかった」という言葉である。

人は誰しも出会い、時には喧嘩をし、そしてまた別の道を歩いて行く。それを人は「うまくいかなかった恋」や「すれ違いの青春」、あるいは「過去の思い出」と表現する。そうして、人は時には過ちとも呼ばれる過去を抱きしめながら前に進む。

しかし、それを否定するのが「会わなければよかった」という言葉なのだ。その時間を価値に変えることなく、否定されてしまう。

これを言われて、平気な人はいないだろう。自分の存在価値を全否定されることになるのだから。そして、相手への罪悪感さえも被せてしまう言葉なのだから。

そんな呪いを解くには1つの信念しかない。

「あなたに会わなければよかった」という人への罪を背負いながら生きていくしかない。その人への贖罪は何もできない。ただ、罪を背負い前に進む。

そして、「あなたに会えてよかった」と思ってもらえるような新たな出会いをひたすら繰り返すことだ。

僕らの高層マンション7日間戦争

空前絶後の高層マンションブームである。

先日は、「砂の塔〜知りすぎた隣人」という高層マンションを舞台にしたドラマが放送された。また湾岸エリアの高層マンションの値段もピークを迎えている(少し下り坂だけど)。

今日は、そのような高層マンションで起きたある争いを紹介したい。

舞台は湾岸エリアの42階建のWという高層マンション。地域のランドマークタワーで1000を超える世帯が住んでいるメガマンションだ。

このマンションの争いのきっかけは2種類のエレベーターだった。1つは高層階用、もう1つは低層階用。つまり高い階の人と低い階の人が使うエレベータとしてわけられていた。考え方としてはおかしくない。どのオフィスビルにもある仕様だ。

しかし、その分け方が、いつしかマンション住人たちの意識さえも分けた。高層階の人たちは低層階に対して、「俺たちはお前たちより高い場所に住んでいるんだ。値段も、高さも」という意識になり、いつしか低層階の人たちを見下すようになった。

「あら、低層階さん」という蔑称まで出てきたほどだ。ママさんつながりも高層階と低層階で分かれ、管理組合も、まるで常任理事国非常任理事国のような差があった。

きっかけはある日のことだった。

低層階に住む女の子が「お前は低層階だから、仲間に入れない」と、高層階の子供たちにいじめられた。同じマンションゆえに、小学校も一緒だったのだ。高層階の人だからといって全員が私立に入れるわけではない。ラテン橋というマンション近くの橋で起こった出来事だった。

しかし、そのいじめられた低層階の子の親が、イスラエルの諜報機関「モサド」で経験を積んだ勇姿であった。子供をいじめられたその親は激怒した。

そして低層階の人たちを集めた。同じように低層階の人たちは高層階の人たちに不満を持っていたのだ。求心力は強かった。その事件から一週間後、低層階の人たちは高層階の人たちに宣戦布告した。

「低い場所に住んでいても、人権の差はない」というビジョンを打ち出した。「低層階の方が地震がきた時に安全。火事になった時も早く逃げられる」と低層階の利点を打ち出し、「低いは早い」というスローガンを掲げた。戦争の火蓋が切って落とされた。

ある時、高層階にだけゴキブリが異常発生する事件が起きた。それは低層階の人の嫌がらせだと考えられた。しかし、「どうやって実現した」かわからなかった。高層階の人たちは悩んだ。なぜなら高層階のエレベーターで止まる階を押すには鍵が必要だ。低層階の人たちは鍵がないのに、どうやって高層階に登ったのか?

謎は防犯カメラが捉えた。犯人は、高層階に降りてゴキブリをばらまいたのではなく、高層階用のエレベーターにゴキブリの卵をばらまいたのだ。その結果、高層階にだけ、ゴキブリが異常繁殖することになった。

迎撃戦として高層階の人たちが始めたのは、上層階からの水掛けだった。重力という力を手に入れた高層階の人たちは、上の階から水をこぼし、低層階の人たちのベランダをびしょ濡れにした。

それに対して、低層階の人たちはドローンを駆使した。ドローンで上層階のベランダを撮影し、それらをマンション内にばらまいた。高層階の人たちは、まさか30階で外から覗かれるなんて思っていないから、裸や痴態を晒すことになった。

高層階の人は「いい景色」という高層階からの眺めをInstagramに投稿し続け、低層階の人たちをメンタルから攻撃した。

低層階の人たちは、科学の力を使い、ベランダで魚を焼いて「サンマの煙攻撃」を高層階の人たちに仕掛けた。

このようにして、Wの高層階、低層階戦争は2年に及んだ。

2年後、高層階と低層階の講和条約を実現したのは一体何だったのか。それはジャンヌ・ダルクでも、飢饉でもなかった。

それは、向かいに建築されることになった高層ビルのせいだった。

Wに住む人たちは、高層階と低層階が協力してマンションの価値をあげないと新しいビルに価値を奪われる可能性があった。マンションの価値を維持しなくては、というのが高層階と低層階の共通する見解だった。

こうして、Wの2年に及んだ高層/低層戦争は終わった。そして、高層階と低層階が一緒にBBQをするというマーティン・ルーサー・キングが望んだ世界が実現した。我々はそれを未来と呼んでいる。