寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

15年の重み

タケルは足が震えていることさえ気づかなかった。

先生を追いかけて駐車場まで来たものの、黒石先生を呼び止めることができない。先生は車に乗り込もうとしている。

無意識に指をこすりあわせている。ストレスの兆候だがタケル自身は気づかない。

タケルが、シゲのカメラを盗まれるのをみたのは偶然だった。体育の時間だった。体操着に着替えて校庭まで出たのだけれど、ハンカチを忘れて教室に戻った時だった。ダイスケがシゲのカメラを盗んでいた。

思わず、逃げようと思ったけれど、目があってしまう。不思議なもので目が合うと逃げれない。タケルは口を空いたまま「あ」とだけ声を出した。ダイスケは舌打ちをして、タケルの方に歩いてきた。「言ったら殺すぞ」とだけ言って、ダイスケは教室を出ていった。きっと靴箱かどこかにカメラを隠しにいったのだろう。

気がそぞろのままタケルは体育をこなした。ドッジボールだった。何度か当てられたが、自分のほうは誰にも当てられなかった。

ダイスケと同じクラスじゃなくてよかったとタケルは思った。もし同じクラスなら、ボールを当てられていただろう。脅しのメッセージを込めて。それ以前にボールではなくて、石だってぶつけられていたかもしれない。

体育が終わって教室に戻ると案の定、事件が発覚した。「僕のカメラがない」とシゲが叫び、先生が、一同を集めて詰問をした。誰も何もいわない。そりゃそうだろう。ここに犯人はいない。

ただ、僕はそれを知っていても言えない。むしろ、自分の挙動がおかしくて怪しまれるんじゃないか、とタケシは思う。でも、シゲは1年生からの親友だ。親友の物を取るなんてことは先生も思わないだろう。

犯人が見つからないまま給食が終わって、5限目になった。タケルは、どうしようと考える。

シゲは、涙は見せていないが、悲壮な顔をしている。そりゃそうだ。せっかく親から買ってもらった高いもので、何より大切な写真が入っている。学校にカメラなんてもってくる方が悪いが、それはそれで別問題だ。

放課後に先生に言おうか、と悩みながら、5限目が終わった。もし放課後すぐにいえば、ダイスケを捕まえて、カメラも返ってくるかもしれない。ただ、明日になってしまえば、ダイスケは家に隠すか売ってしまうだろう。上の人たちとも仲がいいダイスケだから、その人たちに売るのかもしれない。

結論が出ないまま、5限目の授業が終わった。掃除が終われば言おう、と思った時に予想外のことが起こった。

先生が用事で掃除の前に帰宅するという。慌ててタケルは先生を追いかけ駐車場にきた。震えは留まらない。

もし、僕がいま先生にいったら先生は対応するだろう。ダイスケを捕まえて、話を聞けば、もしかするとダイスケが隠し持ったカメラはでてくるかもしれない。

しかし、同時に、僕が先生にチクったことはバレるだろう。しょっちゅう喧嘩をしているダイスケのことだから、僕をいじめるだろう。小学校が終わるまであと1年いじめ続けられるかもしれない。

結局、シゲルは先生に何も言えないまま駐車場の端っこから先生の車を見送った。見送った後は脱力して、「ああ、もう帰ってしまった」と、なぜか救われた気持ちになった。けれども、シゲが落ち込んでいるのを見て、救われた気持ちも吹き飛んだ。それから1年以上、シゲは親からカメラを買ってもらうことはできなかった。

シゲルは自分が先生に言えなかったことを誰にも言えないまま、今にいたる。

そう、そしてシゲルは15年前のこのことを今、思い出す。

シゲルがそれを知ったのは、たまたまだった。久しぶりの残業だった。年度末は予実管理ですることが多い。

帰るのは0時頃になり、終電前にあわててオフィスを飛び出した。しかし、結局終電に間に合わず、駅前で寝るつもりだった。ただ、仕事でやり残したことを思い出した。ファーストフードでハンバーガーをたべた後、1時すぎに会社に戻る。

オフィスの扉を開けた時に、なぜか隣の部の部長がシゲルの部の人のデスクトップパソコンをたちあげていた。ばっとこちらを見て、慌てて席をたち、トイレの方に向かっていった。シゲルは少し気になったものの、何か用事があったのだろうと思い、「お疲れ様でした」と、言って走り去った。

事件が起こったのは、翌日だった。売上データの一部が飛んでいるということがわかったのだ。バックアップもろとも消えていた。

その時にやっと、部長がしていた行為とそれが繋がった。理由はわからない。何か都合の悪いデータがあったのかもしれない。もしかすると部長は関係ないかもしれない。ただ、そうだとしても「部長がこういうことをしていた」というのは、会社に伝えた方が良いだろう。

シゲルは思い出す。15年前に、人の不正を見ながら黙っていた自分を。あれから15年、何かある度にシゲルはその事を思い返した。悪いことをしてしまった自分はもう幸せになれないんじゃないか、と悩んだ時もあった。特に風邪を引いた時にはこの時のことを悪夢で思い出す。

シゲルはそれを思い出し、そして「もう嘘はつかない」とつぶやく。相変わらず足は震え、手はこすり続ける。喫煙家だったらタバコを吸い続けただろう。

ただ、彼は「もう嘘はつかない」ともう一度、自分の脳裏で半数して、社長室に向かう。きっと部長はシゲルが密告したとしるだろう。嫌がらせも受けるかもしれない。もしかすると家の前で待ち伏せだってされるかもしれない。

だからなんだ。この15年間、自分を苦しめたものからやっと解放されるチャンスなんだ。

シゲルは社長室へのエレベーターを待ちながら考える。シゲルは、15年前の自分と戦っているのか?

いや、違う、とシゲルは考える。僕がいま向き合っているのは過去の僕じゃない。今、僕は、未来の自分と戦っているのだ。未来の僕はもう悪夢に苦しめられていない。そう信じてシゲルはエレベーターに乗り込んでいく。

15年後の自分が笑っていると想像しながら。