寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

小川軒のレイズン・ウィッチの思い出

小川軒のレイズン・ウィッチというクッキーがある。

生クリームのようなクリームとそこに潜む存在感の溢れたラム酒の香りあふれるレーズン。その3要素が最適な割合で合成されたクッキーだ。

製造数が少ない分、希少度の高いお菓子のため、ちょっとしたパーティに持参すると喜ばれる。

僕のこのレイズン・ウィッチとの出会いは、当時の彼女だった。当時の彼女が「実家にあったけど、誰も食べなくて。でも賞味期限が切れそうで持ってきちゃった」と鍋パーティの時に持ってきてくれたのが最初だった。

その時にパーティに来ていた彼女の友達が「わぁ、小川軒のレイズン・ウィッチだ」と、いかにそれがいいものかを力説した。それを聞いて、彼女は、「そんな良いものだったら、お母さんにあげよう」と、持ってきたレイズン・ウィッチを数個、持って帰った。その「持ってきたものを持って帰る」と、人によっては振る舞いづらい所作が自然で、衒いもなく、そんな彼女の素直さが好きだった。

その1年後、僕は彼女に振られた。理由は「あなたといても刺激がない」というものだった。僕は反論せず「そうか」と言って、2人の関係は終わった。

そんな彼女との関係が終わっても、僕は、彼女の存在を愛おしむかのように、たまにレイズン・ウィッチを買った。そして、小川軒のレイズン・ウィッチも種類があることを知った。いわば本家と分家の関係だ。本家は2代目の長男が継いだ代官山の小川軒。他に目黒とお茶の水(レストラン)に次男、三男が継いだ店がある。そして鎌倉にも親戚の小川軒が1つ。

代官山と目黒、お茶の水のレイズンウィッチは、しっとりとし、そして、鎌倉のそれはさくさくっとしている。さらには鎌倉のそれは、名称も「レイズン」ではなく「レーズン」だ。

いつか彼女が「このレイズン・ウィッチって、どうしてレーズンじゃなくてレイズンなんだろうね」といったことがある。僕は、その時に「どうしてだろうね。昭和っぽいからかな」と返して、話は終わった。もし、僕が、この時にちゃんとインターネットを検索して、ちゃんとした回答ができていたら、話は変わったのかな、とも思った。でもそもそも、彼女はしっとりしたレイズン・ウィッチが好きで、さっくりしたレーズンウィッチは好きではなかったかもしれない。そんなことを考えながら、レイズンウィッチのラム酒の香りを確かめる。


こちらの記事は、はあちゅうさんの以下のツイートから発想を得て書いてみました。