寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

筋肉と対話する手

長年の経験は人をプロフェッショナルにするという。たとえば、お弁当屋さんで働くパートの主婦は1グラムのブレなく、イメージした通りの重さでご飯をよそうことができる。スポーツ選手だともっとわかりやすいだろう。サッカー選手はボールをまるで体に張り付いた生き物のように扱うことができる。

私もマッサージという職業を30年近く続けてきて、人の体と対話をできるようになってきた。体は、人々が思っているより正直だ。コリがどこかわかるのはもとより、どこに課題かはみただけでわかる。あるいは、その人の筋肉の付き方で、どのような職業な人かもわかるようになった。もっとも、それは私が職業を当てるのが好きでその勘を研ぎ澄まさせてきたからだだと思うけれど。

筋肉を触ると必ず反射が起こる。それが体との対話だ。そして筋肉がスムーズに反応を返せるように相手の心をリラックスさせるのも仕事のうちだ。相手の心をほぐし、そして、筋肉をほぐしていく。時に人は自分の筋肉に飲まれている人がいる。自分の筋肉を制御できず、その痛みやコリに支配されている。そんな時はその筋肉とじっと対話を続け、筋肉の怒りや悲しみを抑えてやると、驚くほど筋肉は大人しくなる。

ヒラメ筋から腓腹筋へ。 腓腹筋の分かれるところを丁寧にほぐす。前脛骨筋は骨と一緒に丁寧に圧力をかけてほぐす。大腿二頭筋をさすりながら徐々に大腿後部の全体をほぐしていく。一番好きなのは大殿筋だ。特に自転車を乗る人の大殿筋は非常に美しく、そして張りが良い。ひとつひとつ筋肉と対話をしているとあっという間に時間がすぎる。人によって同じ筋肉でも様相は大きくことなり、人の表情が人によって違うように筋肉も驚くほど人によって異なる。

きっと人が犬を触りたくなるのと同じように私は人の筋肉に触りたくなる。わがままな筋肉ほど、より対話をしてあげたくなる。そして、私の手は、その対話に向いた大きい手。若い頃はこの手が恥ずかしかった。何より、汗っかきで汗からでる汗が恥ずかしかった。でも、今はその手が大きな武器となる。人生とはわからないものだ。コンプレックスが時に自分を支えるものとなる。

あの人もこの手を愛してくれた。手をつなぐと汗っかきだから恥ずかしい、という私の手を無理に掴んで、この手をほめてくれた。その手で私は彼の体と対話を続けて、彼の筋肉との関係を気づいていった。

ただ、ときに、この手を呪わしくなることもある。体を触るだけで浮気をしたかどうかまでわかってしまうなんて。