やかんの描写
村上龍だったか、誰だったか忘れたのだが、ある作家が書いていたエピソードが記憶に残っている。
彼は文章の練習をしていた。その1つとして「やかんに火をかけて沸くまでのシーンをひたすら描写する」という訓練をした。それで10ページ書いたのだかなんだか忘れたが、とりあえずそのシーンを深く書いた。「やかんが沸いた」という一言で言い表せるものを、彼は、おそらく濃厚でスペクタクルあふれる物語に仕立て上げたのだろう。その原稿を読めていないのが残念だが、いずれにせよ、このエピソードは、僕の頭に記憶に残っている。
そういえば話はそれるが、浅田次郎も文章の練習のために毎日、何時間も過去の故人たちの文章を真似したという。それにゆえに彼の語彙豊富で格調のある文章はできている。
少し話はそれるが駅伝マンガの「奈緒子」というものがある。このマンガは物語の作り方がうまい。普通、駅伝だと、走っているシーンがメインだ。淡々と走っており、ときに解説が物語を話する。しかし、道中はサッカーのように点の取り合いになるわけではないし、格闘技のように華やかさもない。しかし、彼らには他のスポーツ選手に劣らない物語がある。その人たちが抱えている人生を想像すると、あれらの駅伝の物語は初めて意味を持つ。
奈緒子もそのような章立てとなっており、走っているシーンがある。そして、そこに回想シーンが含まれている。つまりは彼は何もなく走っているのではない。人からの期待や、泣きたい過去や、思い出したくない失敗などを抱えながら走っている。その物語はとても心を打つ。
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