寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

東京タワーを見下ろして

東京タワーを見上げて暮らしていた頃があった。大学生の頃だ。

東京タワーは芝公園にあり、少し歩くと麻布十番や三田になる。しかし、芝公園のあたりはそこまで人気でもなく、意外と学生の僕でも背伸びをすれば住める町だった。もちろん、その分、たくさんのバイトはしたけれど。

田舎から出てきた者の宿命ゆえか東京タワーには憧れがあり、どうしてもその近くに住んでみたかった。その分、大学からは離れてしまったので毎日自転車で30分をかけてかようことにはなったのだけれど。

夜、ランニングする時は東京タワーの周りをはしる。観光客たちが写真をとっている間をすり抜けて走る。夜、家に帰る前には「今日の東京タワーはどうかな」と眺めてから帰る。さすがに部屋から見えるようなマンションではなかったけれど。

そして、それから時が経った。いつしか港区からも出て、東京タワーを見下ろすマンションに住むようになった。もちろん、実際は東京タワーの方が高さは高いけれど、距離が離れ、タワーマンションに住むと東京タワーはヒルズと同様に眼下に見下ろすことができた。東京タワーのある芝公園に用事でいくこともなくなり、東京タワーを見上げることがなく数年がすぎた。

そして、先日、久しぶりに東京タワーの麓に用事があり訪れた。友達の飲み会がそのあたりで開催されたのだった。久しぶりの東京タワーは、僕が忘れていた東京タワーだった。色も記憶よりもずっと明るく、また大きさもずっと大きかった。僕が見下ろしていたと思った東京タワーは記憶の中の東京タワーで、実際はずっと大きくずっと美しかった。

同時に大学生のあの頃の思い出が蘇る。お金がなくてもひたすら走って、本を読んで、未来を信じていたあの頃に。いま、自分の悩みさえも、その頃の自分に照らし合わせると何か解決の手がかりになるような気がした。いま、仕事でうまくいかない自分の不安が、あの頃の怖いものがなかった自分に相談すると笑い飛ばされそうな気がした。あの頃の方が受験勉強も資格の勉強もアルバイトもずっとしていたような気がする。思い出しながら見上げる東京タワーの明るさに目を細めた。

そうだ。東京タワーは、僕にとっての灯台だったのだ。どれだけ遠くに離れても、自分の居場所を見失わないための。東京タワーは見上げたり、見下ろしたりするものではなかったのだ。ずっと見返すものだったのだ。

帰ってから、あの頃に撮影した写真を見返そうと思う。あの頃に撮った東京タワーは、いまと変わらずに輝いているだろうか。