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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

バーテンダーが酔うお店

「バーの出会いって不思議なんですよ」とカウンターの向こうでグラスを磨きながら榊さんが言う。

「バーで男女が出会う。それはよくある話です。私が仲介することもありますし、あるいは、たまたまお客さん同士で意気投合をすることもあります。そして、付き合うことになれば、お二人でお店にきてくださいます。でも別れたら?」

榊さんは言葉を止める。私は言う。

「来なくなるの?」

「ケースバイです。基本的に、振られた方の方が来なくなりますね。ただ、男女差でいうと、女性は振られた場合でも気にせず来る方の方が多いです。男性は来なくなられたりしますね」

「へー。女性はタフなんですかね」

「男の恋は別名保存、女性の恋は上書き保存というように、女性の方が恋愛を忘れるのが上手なのかもですね」

榊さんがグラスに濁りがないかライトに照らして見る。この仕草が好きだ。

「あと、男性は、行きつけのバーに彼女を連れてくる傾向にありますが、逆に女性は自分の行きつけのバーには、彼氏は連れてこない方が多いように思います」

「男性は自分の好きな店を自慢したいのかな」

「そうなのかもしれません。対して女性は、自分の場所は自分の場所として確保したいんでしょうね。ですから、女性が恋人を行きつけのバーにつれていく時は、それなりに踏み込んだ場合が多いと思いますよ。レストランはよくあるでしょうがバーは少ないと思います」

「女性は特に、バーテンダーさんに色々自分の恥ずかしいこととかも言うので、彼氏にそれを知っている人と引き合わせたくないのかもね」

「仰るとおりです。もちろん私はお客様の話を他言することはないですが、気持ち的に落ち着かないでしょう。たとえば不倫をしたことのある話をしたことがあれば、彼氏にそれを言っていないと、それを知っている人の前につれていくのは抵抗あるでしょうから」

「なるほどー」

「もっと悩まし方こともあります。男性のお客様も女性のお客様も、うちのバーの常連なのですが、お二人は面識がありませんでした。そして、男性が『いきつけのバー』と、私のお店を紹介したのでしょう。彼女さんとお店にやってこられました。彼女さんは、このお店を自分も好きとは言わなかったんでしょう。カウンターで、彼氏さんはこの店の良さをほめてくださいました。時々、彼女さんが目線を私に送るので、それはすなわち、黙っておいて、ということなんだな、と思って、話をあわせることができました。」

「ばれなかったの?」

「結果的にはバレました。というのも、その時に別の常連さんもいらっしゃって、彼女に『久しぶり』と声をかけたからです」

「わ、二人はどうなったの?」

「口論になりました。彼氏さんが私に『榊原さん、こいつ、よくこの店にくるんですか』と質問されました。この時は困りました。お二人とも常連様ですから、どちらかの肩を持つことはできません。『そうです』というと彼女さんが困りますし、『わかりません』というと彼氏さんを裏切ることになります」

「なんて言ったの?」

「私はお客様の情報は口外することはできません。ただ、バーは時に辛いことを忘れるために酔う場所です。もし、彼女さんの発言に矛盾があるなら酔っ払っていたのかもしれませんね」

「彼氏は納得したの?」

「どうでしょう。その後に彼女さんが『そうそう。酔っ払ったら思い出すかもしれないから酔おう』と彼氏さんにお酒をどんどん飲ませて、彼氏さんは酔っ払って、そのことはどうでもよくなったみたいです。なお、私も質問されても困るので、酔っ払って、逃げ切ることにしました」

私のグラスの中の氷がカラン、と鳴った。