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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

EU離脱のその瞬間、オフィスにて

「え」と思わず声がでた。幸い、昼前後でオフィスは賑やかになっており、私の声が響いたわけではない。プッシュ通知がきて、こっそり机の下でみたドル円のチャートは、想像していないカーブを描いていた。104円をつけていたドル円は、100円を割った。

ぐんぐん下がる青いバーを見ながら、吉江は自分の血の色も青くなっていくように感じた。もし、目の前に水槽があれば、顔を付けていたのではないかと思うほど、取り乱す。もし自分の過去の恋人との性行為が流出してもここまで取り乱さなかったんじゃないかと思う。

こっそりパソコンで為替を見る。すると、イギリスのEUからの離脱の旗色が鮮明になってきたとのことだった。

どういうことよ。朝は、残留という話だったじゃない。それで、ドルの買い増しをしたのに、話が違う。吉江はまず怒りの行き場を探した。まずニュースに怒り、そして、離脱を決めようとしている英国民に怒った。そして、自分の愚かさに怒り、それに飽きると、もはや為替を教えてくれた元彼さえも恨んだ。朝、食べたベーグルさえもうとましかった。こんな状態にも仕事をしている同僚たちにも苛立ったし、こんな平日に投票をする英国政府にも苛立った。あまりの怒りに貧乏揺すりが始まり、卓上をペンでノックし続け、一人ボイスパーカッションさえも始めれそうだった。ボンゾがのりうつったかのように、彼女の全身の血液はサンバのリズムを奏でていたしかし、ひとしきり周りへ怒りと憎悪を振りまき、血液がサンバを踊りきると、怒りの行き場はなくなり、次に現実に向かわざるを得なかった。

まず、最大でどれくらいの損害を出しているのか想定した。幸い、破産まではいかないだろう。しかし、貯金の多くはなくなるだろう。もし、100円割れが続けば、だが。ニュースによるとまだ決まっていないそうだ。まだ、その一縷の望みを託して、ニュースを見続ける。匿名の掲示板を見てツイッターを見た。なんで、こんなお祭り騒ぎなのに、会社の人たちは、屋外広告の話なんてできるんだ。頭のネジが飛んでいるんじゃないのか。いや、これは夢ではないのか。むしろ、夢であるべきではないのか。色々考える。まだ、私は英国を信じる。信じるものは救われると言っていた。ここで取り乱すのは、アマチュアのすることだ。FX歴3年の私は、色々な苦境を乗り越えてきた。こういう時に焦って逆ポジを取ると、往復ビンタを食らうのだ。こういう時はじっと時の流れに身を任せるのだ。

吉江は、この出来事が夢であることを願った。強く願った。

幸い、その願いは叶えられた。この吉江は非実存の存在であり、この小話に出てくる登場人物でしかないからだ。吉江、よかったね。