寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

川に湧き出る温水と山水の寒暖差

初夏の金曜日の夜。行き交う人々の足先も心なしか軽やかで、まるで町が楽器を演奏しているかのように雑踏の反響音がビルの合間にこだまする。「コンクリートジャングル」と呼ばれたのも今は昔。今やコンクリートでさえも色香を放ち、町に彩りを添える。

ここでも1対の男女が店を訪れる。その店は50年以上も前から存在する和食の店で、鶏料理が名物だ。周りのハイカラな町並みの中で旧来の歴史を感じさせる建物は、古臭さよりも味わいをもって人々に受け入れられていた。年季の入った暖簾をくぐり、男女は大きな白木のカウンターに座る。軽くメニューを見て、男は「何を飲む」と女に聞き、女は一時の呼吸を置いたあと、「ビール」と応える。男は「ナマを2つ」と眼の前の男に伝える。男は了承し、冷たいお手拭きを渡す。男は手拭きで手の疲れを拭い、その後に食べ物に目を落とす。

男は女に「何か食べたいのがある?」と聞き、女が「卵焼き美味しそう」と言う。隣の席では真っ黄色の大きな卵焼きが置かれている。「いいね」と男が回答する。

そして、サラダに甘い卵焼き、セセリの石焼き、水炊きを頼む。男と女は、「最近、どうなの」という当たり障りのない会話から始まり、アルコールが体内に摂取されると共に、話も四方に広がりながら、また同時に深みを帯びながら、まるで飛騨の蛇行する川のごとく大きく、時に緩慢に会話が続く。ビールの後には日本酒が来て、さらに流れは濁流となる。

セセリは、山葵と唐辛子を載せて食べる。石焼の上でジュージューと油を滴らせて焼けるセセリは驚くほど美味い。セセリが持つ奇跡の肉肉しさと快感さえ生み出すコリコリとした食感は一層、日本酒の消費量を促進させる。

スープを味わいながら水炊きを食べる。あっという間に食べる。締めには雑炊まで食べ尽くす。気持ちの良い酩酊と空腹だった腹に精気あふれる鶏が入ることによって、何かこの世の春を感じる気さえする。さらに夏がきて、さらには週末である。2人が酔わない方がおかしいだろう。

女がトイレに向かい、男が会計をする。人気店らしく値段も値頃で男はこの店を一層愛する。トイレから戻る女に男が「いこうか」という。女が「はい」と応え、カバンを持つ。

暖簾をくぐって初夏の町並みにでる。背後では「ありがとうございました」と店主が言う。週末の夜が終わる。

翌朝、男は考える。「この店で何を話したっけな」と。何の話をしたか全然思い出せない。けれど「美味しかった、そして、楽しかった」という記憶は強く残っている。男は考える。脳は難しいことや細かいことは覚えてないのかもしれない。でも、幸せだったことはとても強く覚えている。幸せだったことは覚えていても、中身は思い出せない。まるで幼き頃に見た祖母の家の納屋の記憶のように、なんだかぐっと自分の海馬を刺激するけれど、捕まえることができない。川に湧き出る温水と山水の寒暖差のように、触ると暖かい。けれど、目に見えない。これを人は幸せと呼ぶのだな、と男は自分でつぶやき、土曜の朝のベッドから抜け出す。