眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

釣り

申し分のない相手だった。それなりの給与で、それなりの身長と外見で。何より私を存分に愛してくれる。ただ、刺激はない。でも、結婚相手に刺激を求めるものなのだろうか。ここ数ヶ月はそんな葛藤を繰り返している。

付き合って2年、私も今年で30になる。婉曲的に結婚の話もしてくれている。決めるならそろそろだろう。

ただ、私が「この人とあと50年も一緒にいるのか」と考えると、なぜか結婚に踏み切れなかった。2人で仲良く暮らしているイメージはつく。でも、そこに退屈している私も見える。退屈をするのを分かってても踏み出す、という勇気がなかった。あるいは子供ができれば、そんな私の想像力を超えた未来が待っているのか。でも、それは子供に逃げただけではないのか。

そんな思いを持ちながらボートから東京を眺めていた。

今日は三浦半島での釣り。朝の日差しが眩しい。ほっておいても彼がたまにこのような遊びを用意してくれる。それはそれで魅力だったが、どんどんそれに甘えて怠惰になる私がいる。私からデートのプランを考えたことはこの1年ないかもしれない。前の彼の時はまったく逆だったのに。起きる時間も、行き先も、夕食さえも彼任せだ。

今日の釣りも、彼が全部設定してくれた。釣り竿も貸してくれた。餌も付けてくれた。捕まえた魚を針から取るのも彼がしてくれた。「気持ち悪いでしょ、大丈夫、僕がやってくれるよ」と彼が魚の餌を手に取る。生臭そうで確かに自分でやるよりも彼にしてもらったほうがありがたい。魚からペンチで針を抜くのもできれば彼にして欲しい。

でも、やっぱり「ああ、それでもこれは私が求めているものではないんだ」と思う。釣りでさえも彼は何から何まで設定してくれる。私は針を垂らして、反応があればひくだけ。でも、その反応さえも彼が目視で横から見てくれていて「いまだ!」と言ってくれる。何不自由無い釣り。糸を垂らす。掛け声にあわせて糸をひく。魚が釣れれば彼が針を取ってくれて、また餌を付ける。私は垂らすだけ。

確かにクロダイがつれた時は嬉しかった。でも、これってお膳立てされた魚じゃないか。私は何もしていない。釣り糸を下ろすくらいなら誰でもできる。

彼との結婚も私じゃなくても誰でも務まるだろう。釣り糸を釣らすのは、私でなくともいい。そんなのアラサーのわがまま、現実を分かってないということなんだろう。でも、私は釣り糸を垂らすだけの人生はしたくない。

でも、これは彼が悪いのでもない。自分が甘えているだけなんだろう。全部何から何まで用意してくれている彼に甘えているだけだ。魚を自分で釣りたければ、自分で道具を用意する必要がある。

「ねえ、次は私が自分で餌をつけたい。教えてくれない?」