英雄が負ける時
その日はなんだか眠れなくて。ベッドに転がりながらリモコンでテレビを付けるとオリンピックがやっていた。
ああ、今日はレスリングか、と思いだす。ニュースでやっていたことを思い出す。
ぼーっとテレビを見続ける。音量は少し下げて。決勝。肘をついてタバコに火を付けて、ゆっくり吸う。そして吐く。酒でも飲もうか、でもベッドを降りるのをめんどくさいなと思いながらテレビを見る。真っ暗な部屋でテレビをみる。
あっという間だった。3分間の試合だった。タバコを1本吸いきらないうちの物語は終わった。
そして勝てると言われていた人が負けた。実況が何か言っている。
私はそれほどレスリングやオリンピックに興味はないので、この負けがどれくらいのことなのかよくわからない。ただ、号泣する人を見て、なんだか心にうったえてくるものがあった。
その姿には、何かぐっとくるものがあった。彼女の今までの人生を思った。戦い続ける人生を、日本の期待を一心に背負うプレッシャーを、そして、今まで積み重ねてきた努力を。
私は、悔しさで泣いたことがあるだろうか。恋人に振られた時くらいだな、と思った。あの時はひとしきり泣いた。
私は、悔しさで泣いたことがないということは、多分、私は、悔しいと思えるほど何にも向き合ってこなかったんだろうな。ただ、何かに一生懸命に向き合えるほどの才能が私にはないこともわかっている。そんなの高校の頃から知っていた。
でも。でも、彼女の涙は、それを超えて何か訴えてくるものがあった。私も、もう少し何かに勝負してみたいな、と思った。何に勝負できるかわからないけれど、明日、ちょっと仕事帰りに本屋さんでも寄ってみようと思った。
テレビでインタビューで泣いている人を見ながら思う。あなたが勝ったらきっと私はこんな気持にならなかった。あなたが負けたお陰で、明日を変えよう、と思った人がいるよ、と思った。
※念のためですが、上記は寓話です