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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

運転から見える相手の素顔

車を運転している時は、本性が現れるという。その話を聞いて以来、私は運転する人の所作を注意深くみるようにしてきた。

だいたいの人が普段の行動と運転の行動は一緒だった。たとえば、レストランで店員さんに乱暴な口を聞く人は、運転する時も乱暴だった。車の割り込みにクラクションを鳴らしたり、信号無視すれすれで道を渡ることもあった。

逆に普段から丁寧な物腰の人は、運転でも丁寧なことが多かった。高速の合流で道を譲ったり、あるいは、車間距離はしっかり取ったり。クラクションを鳴らすこともなかった。

たまには、普段の行動と違う面が出る人もいる。たとえば、普段は温厚そうに見えても、運転している時は他の車の悪態をつく人もいる

- 早くいけよな

- 危ないじゃねーか

などなど。そういう時に私は「なるほど」とルームミラーに映る運転手の目を眺めていた。ちなみに私の妹もそういう人だった。

ただ、そのような「温厚と乱暴」といった二項対立の所作とは違う、その人の考え方が見えることもあった。

たとえば、急なブレーキを踏む時は必ず助手席に座る私を左手で押さえてくれる人がいた。それで私は「あ、ブレーキだ」と気づいて足を踏ん張ることができたし、何より前のめりになるのを防いでくれた。そして「守られている」という感覚を得ることができた。

その人は、本当に私を大切にする運転をしてくれる人だった。丁寧な運転というわけではなかったので、少し粗いこともあったけど、運転の所作に私への配慮が溢れていた。たとえば、雪の坂道で、車のブレーキが効きにくくなる時があった。そういう時にたいていの人は右にハンドルを切る。自分が座っている運転席を守り、助手席を前にしようとする。それは本能だから、仕方ないな、と思うのだけれど、その人は、左にハンドルを切る人だった。ちなみにそんな時はサイドブレーキをうまく使うといいよ、と教えてくれたのも彼だった。

彼は、レンタカーを借りる時も軽ではなく、セダンを借りた。軽よりもお金がかかるから「どうしてセダンなの?」と聞いたことがある。彼の回答は「軽よりもセダンの方が事故した時に助かりそうだから」というものだった。

何より彼の性格が出ていたのは、道を間違えた時だった。

道を間違えた時に、多くの人は来た時よりもスピードをあげて元の道に戻ろうとする。それは、きっとミスを少しでも早く取り返そうとする心理が働くからだろう。でも彼は違った。きた時と同じスピードでゆったりと元の道に戻った。

彼はよく道を間違う人だったけれど、その所作がとても好きで。なんだか彼のおおらかさが見えるようだったから。

たまに私は「道を間違えないかな」とさえ思ったものだった。