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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

レールに沿った歩み

「最近、インターネット上で、『レールに沿った人生はいやだ』と大学中退した人が話題になっていましたね」

「あー。なんかFacebookで見た気がするね」

「テツさん、鉄道好きじゃないですか笑。どう思いましたか?」

「中身は読んでないので、よくわからないけれど、お察しの通り、レールに対する思い入れならあるよ。話してよいかい。

アフリカの話だ。

アフリカのタンザニアに大きな鉄道があるんだよ。タンザニアの首都ダルエスサラームと隣国のザンビアのカピリムポシを繋ぐ鉄道で、全長は1000キロほどある。しかし、どうでもいいけど、カプリムポシって田中ヤスタカのプロデュースバンドみたいな名前だな。

ともかく、長い鉄道がある。タンザニアザンビアの場所もよくわからないだろうけど、タンザニアはアフリカの右下くらいにある大きな国と考えておけば良い。

長さ1000キロだ。北海道と鹿児島までの鉄路が約2000キロだから、その半分。ちょうど東京と北海道くらいの長さの距離だ。いわば、長い。とても長い。大阪から東京だけでも飽きるのに、なんだったら、渋谷から東京駅まででも飽きるのに、その何倍か。

その距離を2日かけて、鉄道はすすむ。新幹線のようにスピードは早くない。でも、しっかりとじっくりとアフリカの大地を横断する。

これがレールだ。鉄道だよ。レールなんだよ。

アフリカでは、このレールがどれくらいありがたかったことか。そもそも、そのダルエスサラームへは北のルワンダから入ったんだが、その移動はバスだった。おんぼろバスだ。椅子が木でできていて直角90度の。座り心地とかそういうレベルではない。もはやある種の苦行だ。

そのバスが走るのはレールじゃない。道路だ。土でできたナチュラルな道路だ。ただ悪路なんだ。絶望的に悪路だ。マリオなら7面くらいの穴がたくさんある。

すぐにパンクする。道中2回はパンクしたよ。夜2時なんかにパンクする。熱い。でも動かない。いつ動くかもわからない。地獄だよ。90度の木の椅子の上でデコボコ道を10時間走ってみろ。どんな悪事だって自白しちゃうよ。

ある時、スペアタイアもなくなって、バスの運転手がどこか他の車からぱくってくるという荒業をしていたよ。乗客が言っていただけだから本当かどうか知らないけれど。

だから、バスの到着時刻なんて、はなからあってないようなものだよ。アフリカで一番バスが遅れた時は半日遅れたよ。何時間とかじゃない。朝につくと思ったら夜だった。そんなおとぎ話のようなことが起こるんだよ。

これはアフリカの文明を馬鹿にしているじゃない。これはアフリカの陸路の問題なんだ。広い。そして、アフリカは田中角栄がいなかったから道路整備は不十分だった。それだけだ。アフリカが悪いんじゃない。俺はアフリカは好きだ。広大で美しい。ただ、陸路はひどい。

だから、アフリカではレールは、欠かせない存在なんだ。

タンザン鉄道は単に人を運ぶだけのものじゃない。タンザン鉄道ができた背景はこうだ。興味がないかもしれないが聞いてくれ。

当時、タンザニアの左にローデシアという国があった。ローデシアは、鉄鉱石の産地だったから、それを売って国力としていた。その時の販売ルートは南を通って南アフリカ共和国の港から輸出していた。

しかし、1964年、北ローデシアは独立し、ザンビアになった。つまりローデシアが2つの国に別れたんだ。しかし、残った方のローデシアは白人政権だったから、黒人の参政権を認めなかった。そのため、国連経済制裁をした。通商を閉ざしたんだ。ザンビアローデシアを通って鉄鉱石を港に届けていた。だから、ローデシアが経済封鎖されると、ザンビアは鉄鉱石を輸出できなくなった。

するとザンビアはせっかくの鉄鉱石を売れない。それを実現するために走らせた鉄道がこの鉄道なんだ。南のルートが閉ざされたから東のルートを開拓した。1000キロという途方もない距離を5万人の労働者でレールを敷き詰めきった。6年かかった。でも、このレールのお陰で、そしてザンビアは鉄鉱石を売ることができた。つまり、ザンビアにとって国を救う命のレールだったんだ。

アフリカは「レールがあったなら」と思うことばかりだ。

たとえば、エチオピアからケニアにバスで抜ける時は「このまま行くと、50%の確率でゲリラにあってバスを止められるよ。お金を取られるよ」と町の人に言われたよ。そういう時にどれだけ鉄道があればと思ったことか。結局、残りの50%に賭けて突っきって無事だったけれど。

あるいは、モロッコからモーリタニアに抜けるサハラ砂漠では、バスさえもない。ランドクルーザーをチャーターして縦断するしかない。しかも、地雷が埋まって、穴に落ちると動けなくなるから、数台で固まってコンボイになり、砂漠を渡る。そのうちの1台が地雷の穴にハマると、他の車がロープでひっぱりだすんだ。時間もかかるし、何より不安だ。トイレさえもないんだ。どれだけ、レールがあれば、と思ったことか。

だから、俺にとってレールは生命線だったんだよ。セネガルとマリを繋ぐ二ジュール鉄道も、ケープタウンヨハネスブルグを繋ぐ鉄道も。

だから、レールに沿った人生の何かいやかわからない。俺はアフリカを歩いて渡ろうと思わなかった。レールがあったから、事故もなかったし、干からびる前に町にたどり着くことができた。

だから、レールを悪く言われるのだけは許せないね」

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参考:

»4ヶ月で大学を中退し起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。