寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

嘘をつけない彼女

「うちは冷麺も名物なんですよ。ぜひ、最後の締めに食べていってください。ゆず風味で美味しいですよ」と、カウンターから割腹の良い店主が言う。元気系居酒屋出身だけあって気さくだ。そして声がでかい。

「麺好きだから食べてみたいな」と彼女が言う。

「じゃあ、冷麺ください」。満腹だけれど、冷麺くらいは入るだろう。まだ夜も長い。

そして5分後、出てきた冷麺は鉄製の器に入り、夏の終わりでギリギリ許容できる冷たさをもった一品だった。箸ですする。

 - ん、思っていたものと違う

と舌が伝えてくる。うまい、と言うつもりだったのに。行き場を失った会話の空白は、麺をすする音で埋める。

取り分けた麺を彼女もすする。こっそりと彼女の顔を見る。僕よりも麺好きな彼女の舌の方が信頼できるだろう。

彼女の顔は変わらない。レンゲでスープをすする。何も言わない。

「うまいでしょ」店主が何かを切りながら話しかける。

「美味しいですね」と僕は言葉に出す。でも、その言葉には魂はこもっていない。なぜなら美味しいとは思わなかったからだ。嘘の言葉を口に出す時に、罪悪感がのしかかる。

「いかがですか」と店主が彼女にも話しかける。

彼女が言う。「これ普通の冷麺と違いますね」

「そうですね。うちは出汁と塩にこだわってますよ」

「そうなんですね。汁が濃いですね」

「そうでしょ。力を入れてるんですよ」

彼女は「美味しい」とは言わなかった。嘘を言わずに、その場を乗り切った。空気を読みとろうとすれば、店主は、彼女の言わんとするところは汲み取ったのかもしれないが、それは別の問題だ。彼女は、「美味しくない」とは言わずに、話を終わらせた。

彼女はきっと嘘は付けない人なんだろうな、と思う。

いい子だな、と思った。同時に、1つの懸念が脳裏をかすめた。

冷麺の帰り道に彼女に聞く。

「そういえば、『アウトレットに行こうよ。連れて行って』といつも言ってるじゃん。あれって、もしかして僕の服がダサいから、買いに行こうとしてる?」

彼女は「ドライブがてらにアウトレットも気持ちよさそうだよ」と笑って言った。