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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

今日はついてないな、と思う時には

「悪いことが続くな」という時がある。

たとえば

  • 就職活動でお断りのメールが届く
  • 財布を落とす
  • パチンコで大負けをする

といった出来事が1日に重なった時。

あるいは「恋人に浮気された日に、会社が倒産して、父親が事故にあう」といったような時もあるかもしれない。

そんな時はこう思う。

- 今日はついていないな、と。

しかし、それは行動ファイナンスという「人間の行動を科学する学問」において「ランダム系列の誤認知」と言われる。つまり、本来はランダム(=偶然に起きたこと)なのに、それがたまたま「重なって起こる」と、何かそこに意味があるのではないか、と考えてしまうことである。

最初の例でいえば「恋人にふられる」ことも「会社が倒産する」ことも「父親が事故にあう」ことも、別々の事象で、論理的に考えると、それらが重なったのは「たまたま」と考えるのが道理である。しかし、人は、このような悪いことが重なると「なんだかついてない日だ」と考えてしまう。本来は意味はないものに意味を見出してしまう。

つまり、確率論で考えた場合、悪いことが起こる機会が1日に3回あるとし、それぞれが10%のことで悪いことが起こるとすると、1000日に1日は、1日3回、悪いことが起こる日になる(1/10×1/10 × 1/10)。つまりは「悪いことが1日に重なる」という日は、生きていると、必ずどこかで起きるものなのだ。けれども、そのような悪いことが重なるのは珍しいことなので、人は「なんか悪い日だ」とラベリングしてしまう。

もちろん、1つの悪いことによって自分のメンタルが弱くなり、それによって、さらに悪いことを引き起こしてしまうこともあるだろう。

たとえば、「恋人にふられる」「財布を落とす」「事故にあう」と一見、別々に起こっているようなことでも「恋人にフラレて、それで茫然自失になり、財布を落としてしまう。そして、慌てて財布を探しに走り回ったら事故にあった」というような。このような場合は、全ての出来事が有機的に絡み合っていることもある。

これらから言えることはこうだ。

- 本来は偶然で悪いことが重なっている時は「偶然だ」と割り切る必要がある

- 割り切れないと、不注意になり、自分から悪いことを呼び込んでしまう可能性がある

これに関する興味深い話を以下のツイートで見かけた。

本当かどうかはわからないが、似たような話は他でも聞く。

たとえば、ゴルフは、一回OBを出してしまい、そこで精神が崩れたら、さらに崩れていく、というような。つまり、ゴルフでは1回の失敗を気にしないことが重要だ、とも聞く。

そう考えると、「今日はついてないな」という時にも「ついていないな」と考えずに「今日は確率的に、悪いことが重なる日か」と割り切ることが重要ではないか