託される願い
初めての山口県。
- 今後、なかなか行きそうにないところにしよう
と思って選んだ県だった。
とはいえ観光という観光はしていない。秋芳洞という鍾乳洞を見て、あとは荻の町並みをひたすら歩く。城を遠くから眺め、土塀の横をてくてくと歩き、携帯でカエルの置物の写真を撮った。
急に思い立った一泊二日の旅行だったから、することもないゆったりとした1人旅だった。ちょっと足を伸ばした散歩というような。
そんな中、お土産もの屋に入ってソフトクリームを買った。理由はない。私はソフトクリームが好きで、そこでソフトクリームが売っていて、そして、私はお腹が空いていたからだ。カブトムシが蜜に吸い寄せられるのと同じ原理で私はそのソフトクリームに引き寄せられた。
230円のソフトクリームを買う。
すると、レジのおばさまがこう言うのだ。
- ありがとうございました。またお越しください
私は頂いたバニラソフトクリームをペロペロ舌で突きながら考えた。
私はまたここに来ることがあるのだろうか。普通に考えればないだろう。なぜなら私はこの街にまた来る理由がないからだ。もっとも未来に出会う彼氏の実家がこの辺だと別かもしれないけれど。
ただ、おばさまにかけられた「またお越しください」というお言葉は、何か懇願のように私の心に響いた。もちろんおばさまにそんな意図はなかったのはわかっている。毎日数百回と発している習慣だろう。
とはいえ、私は「お越しください」とお願いされたわけで、私はそのお願いに関して、真面目に向き合わなきゃ、と思った。その言葉はまるでフランス革命で自由を訴えながら斬首された一市民の声にも聞こえた。
5分ほど城下町を歩きながら、もう一度、この街に来ることを考えた。
今のところは約束できないな、と思った。おばさまのお願いを叶えるために、この街に来るのに時間と飛行機代を費やすのは、どうしても難しそうだった。私は石油王で不老不死ならば考えられるけど。
ただ、私の代わりに私の思いを持った誰かは来てもらうことはできるかもしれない。
- そうだ。食べログにこのお店のレビューを書こう。
「美味しいソフトクリームです。また行きたくなるお店でした」って。
そして、私が叶えられないおばさまの「またお越しください」という願いの実現を誰かにたくそう、と思った。フランス革命の志半ばで息絶えたジャック・カトリノーのように。
おばさまの願いをいつか誰かが実現してくれますように。