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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

床にこぼれた時計

その時計は20歳になった時に親に買ってもらった時計だった。30歳になり、書い直そうかな、と思っていた時のことだった。

家を出る時にいつも通り卓上に置いた腕時計を取る。しかし、今まで3650日間に起こらないことが起こった。取りそびれ、時計を落としてしまったのだ。床に落ちた時計は、「パリン」と割れた。

すると、その時計から、思い出が溢れ出してきた。

最初に溢れ出したのは、就職活動の頃の思い出だった。僕は、一番行きたかった会社の会社にいる。そして、時計を見ている。面接予定の時間は14時。その10分前に受付の電話をかけようと時計をじっと眺めている僕。時間まであと2分。何回、時計を見たって時間は変わらないのに、何度も時計を見返す僕。

その時の面接では何を話したか覚えていないのに、ただ時計を眺めていたのはよく覚えている。結局、その会社で内定を得ることはできなかった。ただ、思い返すとそれはそれで良かったんだと思う。当初は想像もしていなかった会社に入ったけれど、それなりに楽しい仕事で、悪くない環境だった。「そんなに時計を見なくても大丈夫だよ」と、面接時間を待つ自分に声をかけてあげたくなった。

次に思い出したのは、目黒駅の改札でのシーンだった。この場所でも僕は時計をずっと見ている。彼女が訪れる予定の時間が5分過ぎて、10分過ぎて、そして30分過ぎて。1時間を過ぎる頃には僕はもう時計をみないようになっていた。結局、彼女はその場所に現れなかった。そもそも約束さえも曖昧なものだった。その女性とは2回食事にいった。そして、最後に「じゃあ、来週の火曜日の19時に目黒駅でね」という口約束だけをした。その後、僕は携帯電話をなくして、彼女とやり取りをする方法をなくした。今みたいにFacebookがあれば別だったろうけど。「火曜日に19時に目黒駅」という口約束だけを頼りに目黒駅で待ったけれど、彼女は現れることがなかった。

最後は、飛行機に向かうタクシーの中のシーンだった。父が倒れたという電話。そして、急いで取った飛行機。羽田に向かうタクシー。あいにくの渋滞。時間だけが過ぎる室内。時計の針だけが動く室内。焦りと諦めの両軸を行き来する心。飛行機がつく頃には、もう父は他界していた。現地に到着してから知ったけれど、実際はタクシーに乗っている時間に父は他界していた。実家に到着する頃には、半ば、その覚悟はできていた。親の死に目に会えない、ということも、1人で上京した時点で覚悟した事だった。ただ、それでも、時計の針の残酷さを感じたことを覚えている。こんなに急いでいるのに時間だけが過ぎていくなんて、と。

そして、時計から溢れ出した思い出は終わった。少し放心しながら、溢れ返した思い出を手に取り、ぼーっと考えた。

腹水盆に帰らず、という。光陰矢の如し、という。過ぎた時間はかえらない、という。

でも、本当かな、と思う。思い出をこうやってありありと思い返すことができれば、その時間は、またいつでも自分のものにできるんじゃないのかな、と思う。もちろん、過ぎた時間の選択肢を変えることはできない。ただ、あの頃の思い出を追体験はできるんじゃないの、と思った。だから、僕は、将来、思い返すための思い出をもっと作っておく必要があるんじゃないかな、と思った。

床にこぼれ落ちた時間をいじりながら、そう考えた。