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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

エスプレッソで

年末の足音も聞こえる冬の平日。ただし、表参道には夏よりも冬が似合う。表参道のけやきには、イルミネーションがあるからだろう。

そんな「俺の時代」という顔をした表参道を歩き、待ち合わせのカフェに入る。花屋さんのビルの2階にあるそのカフェは、有名なチェーンではないけれど、そこそこの広さがあり、ちょっとした待ち合わせに便利な店だ。対して、スターバックスはいつも混んでいる。混んでいるのさえも、スターバックスの装飾のようで。

店内を見渡すと左の奥に見慣れた後頭部。濃い茶色の肩にかかったボブ。他の人には見分けがつかなくとも、何百回と見てきた僕には、そのボブが「いつものボブ」だと見分けがつく。あの色や長さや形はどこにでもあるものもかもしれないけれど、「あの色」と「あの長さ」と「あの形」の組み合わせは、他にはない。

存在を認識した上で、コーヒーのカウンターに並び、モカを頼む。なぜか冬はモカを飲みたくなる。そんなに甘いものが得意でもないのに。きっとモカのチョコレートの中に冬の欠片が埋まっているのだろう。

モカを手にして、ボブの元に向かう。ちゃんと彼女の隣には椅子が。横にすっと立つと、彼女が僕の存在に気づき、椅子の上の荷物を下ろしてくれる。言葉も不要なやりとり。

彼女は何かをノートに書き続けている。邪魔しないように横に座ると、彼女の飲んでいるものが気になった。

「あれ、エスプレッソなんて飲んだっけ?」と小さなカップを指差して聞く。

「自分の戒めに飲んでるの」彼女はノートに文章を綴りながら回答する。

「戒め?」

「そう。いま企画を考えているのね。そのアイデアを出すためには美味しいものじゃなくて辛いものを飲んだ方がなんだか身体がシャキっとするようで。油断するなよ、という戒めなの」

エスプレッソにそんな効用があるなんてはじめてしった。この苦味はレッドブルよりも身体に効くのかもね。

なるほど。どうりでイタリア人は残業もしないわりに経済は豊かなわけだ。毎朝、エスプレッソで自分を戒めているから、経済も成長するのだろうな。