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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます

あるドラマを見ていたら、「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」というセリフがあった。

いい言葉だな、とは思いつつも、ドラマの続きがあったので、その言葉を頭の隅においていた。ある時にバスに乗っていて、このセリフを思い出した。

- 脚本家は、どのような思いでこのセリフを書いたのだろうか

と思った。

このドラマの脚本家は「坂元裕二」さん。東京ラブストーリーの脚本家だ。

彼は、泣きながらご飯を食べたことがあろうのだろうか。想像で書いたのだろうか。わからない。ただ、いずれにせよ何かしらの意思があって記載された言葉だろう。

泣きながらご飯を食べるというのはどういうシチュエーションだろう、と考える。

単なる悲しい時ではない。なぜなら悲しい時は食欲もないからだ。ご飯は食べられない。それがこのセリフの妙味だろう。

ご飯の味で思い出が蘇って泣くということはあるかもしれない。母親が作ってくれたおにぎりのような。でもこれとは少し文脈が違う。

自分はいつ泣きながらご飯を食べただろうか。バスの窓の外を眺めながら思い返した。

5年前だな、と思った。よくある話だ。1つの恋愛が終わった時だ。

ビストロに僕は入った。食欲はないけれど、お酒は飲みたかった。せっかくなのでつまみも頼む。

ビールを飲んで、一息を着くと、飲み干したビールが目から溢れるように涙が出てきた。止めれなかった。僕は諦めて、涙が出ていないふりをした。そして、味のしないソーセージを口に放り込んだ。全然味のしないソーセージだった。

ああ、そうだ。

泣きながらご飯を食べるということは、意思なんだ。

泣くほど辛いことがある時は、普段はご飯を食べない。食べれない。でも、それでも食べる。それは、結局、意思の力なんだ。

「涙には、悲しいことには、負けない」という意思。それが泣きながらご飯を食べることの意味なんだ。諦めない、という強い意思がそこにはある。泣きながらご飯を食べるということには強い意思がいる。

目的のバス停に降りながら考えた。

あの時、別れた彼女に聞いてみたいな。

あなたは泣きながらご飯を食べたことはありますか、って。