寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

遅れる時計

インターネットのサービスを使う時に、「IDを決めてください」と言われる時がある。たとえば、「taro218」みたいなものだ。

そんな時に、ふと思い浮かぶ単語が「tokei(時計)」というキーワードだ。自分自身、時計にそこまで関心はないので「なぜ時計という単語が思い浮かぶんだろうな」と思っていた。

最近はとうとう夢にまで時計が出てきた。僕は時計に追いかけられている。あるいは、時計は何かを訴えかけてきている。

自分に何かを伝えようとしている時計を考える。それって何の時計だ?自分が身につけている時計は30歳の時に買った時計だけれど、こいつとは四六時中一緒にいるから、何かを訴えているとは思わない。

その前までつけていた時計だろうか。ただ、その時計も引き出しをみると、ちゃんとお利口にしている。

その時計は就職するために買った時計だ。大学四年生の時に買った時計。その前の時計は何だったっけな。

あ!っと思い出した。その前につけていた時は、まだ時計屋さんだ。時計屋さんに預けたままだ。

大学生の頃につけていたポールスミスの時計だった。革のベルトの。ある時から針の進みが遅くなり、1日で1時間ずれるようになった。でも当時は「電池を入れ替える」という発想がなかったから、毎朝、時計を1時間ずらして過ごしていた。どんどんずれていくのに、それを毎日1時間、巻き直していた。

普段はあまり時計を使わないからそれでも問題なかった。何より、大学生はそんなに精確な時間を知らなくても生きていける。

ある時、「電池かえると時計は復活する」という革新的なアイデアを聞いて、僕は電池を替えようと試みた。しかし時計の電池をどう変えるかわからない。大学生にとって時計は消耗品だったのだ。

そして、僕は助けを求めて時計屋さんに持ち込んだんだった。そのまま、預けたのさえも忘れてしまって、僕は「就職するから新しいのを買おう」と新しいものを買ったのだった。

あの時計は、まだあるだろうか。

その翌週末、僕はその時計屋の前にたっていた。しかし、残念なことに、その時計屋はもうなくなっていた。いまは携帯で時間をみる時代。時計の事業は儲からないのだろう。

僕を呼んでいた時計は、その時計だったのだろうか。

あ、と記憶は繋がる。もう1つ、僕が忘れている時計があった。

それはある駅前の時計台の時計だった。

そこで僕は当時付き合っていた彼女と待ち合わせをしていた。「時計台の前で」といういつもの約束だった。

僕が時計屋に忘れた時計も彼女が誕生日にプレゼントしてくれた時計だった。

ある時の時計台での待ち合わせに僕は遅刻をした。僕は時間どおりについたつもりだったのだけれど、僕の時計はポンコツだった。その時も彼女からもらった時間が遅れる時計を付けていた。

彼女は映画かなにかを見たかった。でも、僕が遅れたから、その時間に間に合わなかった。そして、2人は喧嘩した。お互い、不満が溜まっていたのだろう。その喧嘩がきっかけに新しい喧嘩を呼び、喧嘩の日々が続き、そして別れた。

久しぶりに彼女に会いたくなった。元気しているだろうか。

そうして、僕は彼女と再会して、10年以上の時を経て、再び付き合うことになった。時計が呼んでいると思ったのは、きっと彼女が呼んでいたのかもしれない。

「ずっと連絡を待ってたのに」と彼女が言う。僕の時間は彼女よりもいつも遅れている。連絡が遅れてごめんよ。