眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

同僚とランチ

「何か食べたいのある?お肉だっけ」と僕は聞く。

「お肉いいですね。お肉いきましょう」と彼女は言う。

仕事でお世話になった同僚にお礼としてランチをごちそうすることになった。彼女のように「食べたいもの」がある人は助かるな、と思った。世の中の7割くらいの人は「何を食べたい?」と聞いても「なんでも」となる。もちろんそれはそれでいいのだけれど、お礼でごちそうするランチくらいは相手が好きなものを食べてもらいたいのが心情だ。だから、彼女みたいに「肉が好き!」という人だとありがたい。

人気のお肉のお店に行くと、満席だった。人気の店は人気ゆえに混むのだ。世の中で「人気だけど空いている」というお店は存在しない。

「じゃあ、最近できたあそこにいこうよ」と、近くのステーキの店に向かう。そこは、空いていた。「空いている」という店は、それだけで価値がある。食べログではあまり評価されない価値だけど。

生きていると2種類の店を探すことが求められる。「事前にに決める店」と「今から行く店」だ。前者は好きな店を予約していけばいい。後者の場合は「空いている」ということが重要になる。だから、大人になると「美味い店」だけではなく「空いている店」も求められるのだ。そういう点では、「美味いけど高いから空いている店」は、世の中に求められているお店なのかもしれない。

ランチでは、僕は彼女に一番高いものをすすめる。せっかくならば美味しいものを食べてほしい。すると彼女はそれにする、という。僕はもう少し安いものを食べたかったけれど、彼女にだけ高いものを食べさせるのは相手にも気を使うだろう。僕も同じものにする。

相手に気持ちよく食事してもらう、ということは往々にしてトレードオフだ。相手に楽しんでもらおうとすると、自分は少し無理をする必要がある。接待が最たるものだろう。もちろん自分が楽しむから相手も楽しむ、あるいは、お互い無礼講だから気を使わないという考え方もある。相手がそう考える人ならば、それは成り立つだろう。しかし、相手がそう考えない場合は、それは成り立たない。だから、相手がどうすれば気持ちいいかは自分で判断しないといけないのだ。

近況を聞く。仕事の話をする。週末の過ごし方をする。引越するという。僕にも質問がくる。適度に回答する。僕は話するよりも聞く方が好きだ。できるだけさらっと自分への質問は流し、相手への質問につなげる。

「コーヒーを」

ランチのコーヒーはなぜこれほどまでに美味しいのだろうか。夜はアルコールも入っているからコーヒーを飲まないからこそ、昼の食後のコーヒーの美味しさが際立つのかもしれない。食後のコーヒーはミルクも砂糖もない方がいい。この黒い液体が胃に入った肉を洗い流してくれるような気がする。

コーヒー一杯分の会話を交わし、お会計をする。ランチだけれどもテーブル会計だ。レジの会計は相手を待たせることになる。だから、テーブル会計は助かる。

店を出て、オフィスまで戻る7分間の会話をする。いつしか話は最近の話から今後の話に変わっている。

1時間のランチで、時間軸は過去から未来へ変わる。

僕の借りも、ステーキ1枚分に変わる。それで借りを返せたのかどうかわからないけれど、足りなければ、また返していけばいい。

ランチをまたいで色々なものが変わり、また、変わった何かを手にして僕らは次のランチに進む。