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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

SMSをLINEと教わった子供

お母さんから「これがラインよ」と教わったものが、「ラインじゃない」と気づいたのは、中学生になってからだった。

それまでぼくは、ショートメッセージをラインと教わってきた。テレビで緑のラインの画面がでた時に、僕が「あれライン?」と聞くと「あれは新しいラインだね」と言っていた。「そうなんだ」と思いながら3年間をすごした。ぼくは自分のラインが古いラインだ、と思っていた。

お母さんがなぜ嘘をいったのかわからない。たぶん、他のひととラインをしてほしくなかったからかもしれない。でも心配いらないのに。ぼくは友達がいないから。

僕は人と話をするのが苦手だった。だから、友達はいなかった。だからラインを交換することはなかった。ラインをする相手なんていなかった。その前にケータイをもっている人も少なかったけど。

もしかするとお母さんもこれをラインだと思ってたのかな、と思うけれど、多分、そんなことはないだろう。だって、お母さんの携帯で緑の画面をみたことがあるから。

ぼくはお母さんとショートメッセージをよくした。学校からの帰りに「これからかえるよ」とか「眠いよ」とか。誰も周りにいなかったお母さんにとって、ぼくとのやり取りは楽しかったんだろうと思う。

でも中学校にはいるとさすがに友達から「ラインを教えてよ」と言われることがあった。そんな時にぼくは「どうしたらいいの」とショートメッセージをみせた。そして、当然、友達たちにばかにされることになった。「こいつ、これをラインって言ってんだぜー!」と。そうしてぼくはそれがラインじゃないということを知った。でも、お母さんには黙っていた。だまってショートメッセージで日々のやりとりをしていた。

それから時が流れた。

僕が「これはLINEじゃないよね」といったのは、それから6年も後だった。大学進学で家をでる時だ。SMSでは無料電話はできなかったから、僕はLINE電話を母に提案した。家を出ると電話をする機会が増える。そんな時にLINE電話を使いたかった。

僕は母を責めずに「どうしてこれをLINEって教えたの」と聞いた。

母は「スタンプを使ってほしくなかったから」と言った。「スタンプでやりとりをするよりも、タケシの言葉でやりとりをしてほしかったの」とお母さんはいった。

たしかに僕が修学旅行にいったときも「おはよう」スタンプを使わずに「おはよう」と文章を打っていた。たったそれだけの違いが母には嬉しかったのだろう。

だから僕はいまでも母さんとショートメッセージをする。おやすみ、のスタンプの代わりに「おやすみなさい」と打つ。辞書登録もせず、予測変換も使わずに。