寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

世界に借りがある

「まじか」と思わず声に出る。その声と一緒にでた息が白く濁る。

この寒さの中、こんな何もないところで自転車がパンク。これは辛い。

すっかり空気が抜けている。何かを踏んだようだ。とはいえ乗れるかな、と自転車に乗ってみるが、とてもじゃないが危険で乗れない。ふらふらする。何より自転車のホイールを痛めることになる。

昼間ならば、近くの自転車修理のお店を探すのだけれど、今は夜中の1時。どこもやってないだろう。

どうしたものか。自転車を押しながら歩く。歩いて帰ると、多分3時間はかかるだろうな。トボトボと歩きながら考える。風が寒い。辛いな、と思いつつも他の選択肢がない。次のコンビニではココアを買おうと思いながら自転車を押す。

20分ほど歩いた頃だろうか。急に横に車が止まった。思わず身構える。

しかし、窓が空いて顔を出したのは気のいいおじさんだった。

「どうした?」

自転車がパンクしたことを話すると、車に自転車を乗っけてくれるという。

少し考えたけれど、これから3時間歩いて帰ることを考えると、ありがたく甘えることにした。頭を下げると、おじさんがトランクを空ける。そして自転車と格闘しトランクに乗せる。トランクの扉は閉まらないけれど、乗っけることができた。

「こんな時間だったら警察もいないだろう」とおじさんは笑顔で言う。トランクは空いたまま、車は出発する。

車の中にのって、僕がまず聞いたことはこの質問だった。

「どうして助けてくれたんですか」と。

僕が逆なら、そんなことできないだろう。こんな夜中に、こんな場所にいる人間に声をかけるのも怖い。何より、僕の家はおじさんの家からだいぶ遠回りだ。

「僕は世界に借りがあるんだよ」とおじさんは言う。

15年以上も前のこと。おじさんは仕事の大切な打ち合わせで、ある会社に向かっていた。でも、迷子になってしまった。

当時はGoogle mapなんてなかったから、目的の建物を見つけるのは相当大変なことだった。時間は刻一刻と迫る。でも、おじさんはその場所を見つけられない。全然見つからない。どこを探したらいいのかもわからなくなってパニックになった。

焦って、周りの人に聞く。でも誰もわからない。そんな時に1人の男性が、「ああ、ここはこっちじゃないよ」と教えてくれる。少し恰幅のよい40代くらいの方だった。

そして、その男性は「ついておいで」とおじさんを案内してくれた。急いでいるのを理解して、駆け足で道案内をしてくれていた。

夏だった。スーツにワイシャツでその男性は走ってくれた。全速力に近いスピードで。

目的の場所についた頃にはおじさんも汗だくだったが、男性も汗だくだった。「がんばってね」と男性はいって、さっと去っていった。

その御蔭で、ギリギリ時間に間に合うことができた。お礼をいいたかったけれど、急いでいたので、名刺をもらうこともできなかった。

その出来事をおじさんは10年経った今でも感謝している。

「いつか、あの男性に恩返しをしたいと思う。でも、そんな簡単に出会えない。だから、僕は世界を通じて、その男性に恩を返したいと考えてるんだ。だから、僕は世界に借りがあるんだ」

僕は質問をする。

「その借りはいつ返せるんですか」

おじさんは言う。

「そうだな。15年分の利息が膨らんでるから、結構な借りになってると思うんだ。もし、それを返し終わったとしても、今度は世界に借りを作りたいから、しばらくは終わらないかもね」

僕は、おじさんに買ってもらったココアで手を温めながら考える。助手席で、自分にできた世界への借りの大きさを想像してみた。