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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

送られなかったメール


蒸発するように消える、という比喩は比喩でなかったんだ。ある日、帰ってきたら、その部屋にもう彼女の姿はなかった。

そこに、飲みかけの珈琲カップがあった。脱ぎっぱなしの靴下はなかったけど、財布や携帯はなくなっていた。

つまり、自発的に出ていったのだろう。

部屋を探すと彼女の痕跡はいろんなところに残っていた。彼女が買った本や聞いていた音楽。彼女が好きだった調味料。トリートメントに香水。そのようなものはほとんど残されたままだった。

もう1つ残っていたものがある。彼女が、以前、使っていた携帯だった。3ヶ月前に買い替えたまま、下取りに出さずに残っていた携帯だった。きっちりしている彼女らしくない。

彼女が消えて、1週間。探しても見つけられず、連絡もなかった。そして、僕はその携帯を開けることにした。

僕の知らない彼女を見るつもりはなかった。ただ、彼女がなぜ消えたのかを知りたかった。理由を知りたかった。

暗証番号は簡単だった。いつかたまたま彼女の暗証番号を見てしまったことがあった。意味のない4桁の数字だったけど、覚えるのに苦労はいらなかった。こういう時に僕の生年月日だったら嬉しかったのに、なんてことを思いながら。

携帯を見る。

LINEは見ることができなかった。新しいアカウントに移行したからだろう。メールもあまりなかった。外部とのコミュニケーションが多い子ではなかった。

写真では僕との写真や女友達との写真が並んでいた。気になる写真はなかった。でも、自分が知らない彼女を知り、どうしても彼女に会いたくなった。「これどこの写真?」「この頃は茶髪だねー」と聞きたかった。

アプリでも気になるアプリはなかった。ヤフーニュース、SNOW、CookpadMery。僕は毎日、彼女のスマホをいじり、彼女の痕跡を探していた。

まるで宝探しのようなだった。ここに、彼女が隠れているかのような。

彼女がいなくなって10日後のこと。その情報はメールボックスに入っていた。

でも、送信済でもなく受信済でもなく、それは、未送信に入っていた。

僕への別れのメールが7通あった。彼女はきっと僕との別れを何度も考え、その度に送りそびれていた。理由は色々変わっていた。「あなたの愛情が感じられない」「他のことをしたくなった」「あなたの浮気の痕跡を見つけた」

送れなかったメールがもっとも雄弁に事実を語るなんて皮肉だ。

そして、ある事実に気づく。彼女はこのスマホをわざとおいておいたのではないかと。そして、暗証番号も見られるようにしていたのではないかと。