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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

現代の幽玄

「幽玄っていう単語を使いたいの」と彼女は言う。

僕はコーヒーを一口すするふりをして、正解の回答を探す。なんと答えればいいんだ。

「幽玄ってどういう意味?」と僕は聞く。

彼女は嬉しそうな顔して説明を始める。どうやら正解だったようだ。

「幽玄って、芸術用語として使われることが多いんだけど、ものの良さや美しさが奥深くてなかなかわからないことを指すらしいの。奥深さ?味わい深さ?みたいな。」

彼女はこうやってたまに何かに変質的にこだわる時がある。きっと本で読んだか何かをしたんだろう。そういう時は、流れに竿をさすのが一番だ。否定せず、ただゆっくりと同意する。

「能で有名な世阿弥っているでしょ。日本史で勉強したでしょ。国語だっけ?その人は幽玄の例としてこういうたとえを言っているの。『若い少年は姿や声、それがもう幽玄だ』って」

うんうん、と僕は聞く。世阿弥の顔を思い出すが出てこない。面しかでてこない。若い少年が幽玄といわれても、ちっともピンとこない。だからこそ幽玄なのだろうか。

「現代で幽玄なものってなんだと思う」

また難しい質問がきた。こういう時、彼女は僕に答えを求めていない。彼女の壁打ちになるといいんだ。

「なんだろうね。難しいね」

「LINEのスタンプとかは?あれって、奥深いじゃん。使い方次第でいろんな使い方があるし、受け取る方もいろんな解釈ができるし」

「なるほどね。ただ、美しいのかな」。同意をしようと思ったが、つい気になったことを言ってしまう。だから、よく喧嘩になる。彼女のコーヒーはもう冷めている。

「そうね。LINEのスタンプは美しいかどうかわからないよね。じゃあ、インスタのStoryは?1日とかで消えちゃう動画の」

「あー近いかもね。ただ、なんだか『もののあはれ』とかの方が近いかも」

「いとをかし、ってやつよね」

彼女は頼んだコーヒーを省みることなく、目をぐるぐるさせながら、現代の幽玄を考えている。

「恋人同士なのにフォローし合ってないインスタの鍵アカウントとかは」

「あー面白いね。なんだか奥深いよ。そして、なんだか美しいよ。それは幽玄かもね」

僕にとってはあなたのが幽玄だよ、と心のうちでつぶやく。美しくて魅力が奥深い。はためから見ると、マシンガンのように独りで喋る女性だから、魅力的にうつらないかもしれない。でも一緒にいると、その魅力に少しづつ気づく。まるで、墨汁に入れたイカスミみたいに、慣れてくると、その違いに気づく。墨汁とイカスミは違うことに。

そして彼女がその自分の魅力に気づいていないのも素敵だ。幽玄だよ、幽玄。

彼女が何か喋っている。美味しいコーヒーはまだ口をつけられず冷めたまま、存在感を放っている。