エジプトで水浸しになったグレーのスーツ
エジプトでは失業率が非常に高まっている。若者では40%になるそうだ。その結果、私が経験したエジプトツアーの体験談をお話しよう。
そのツアーはプライベートツアーだった。つまり大勢の参加者で参加するツアーでなく、私達だけのツアーだった。というのも、今回の旅行は親孝行を兼ねた母親と2人だの旅行だったから、母親に不便がないようにしたかった。少しは割高だが、安全なツアーにしたのだ。何かあってからでは遅い。
そのツアーはたまたま知り合いから紹介されたもので、エジプトに住む日本人が行っているツアーだ。他のツアーと違うのは、仕事がない若者たちを助けたいという思いがある点だ。
しかし、そのため、ツアーは滑稽なものになった。
圧倒的に登場人物が多いのだ。もし舞台なら観客が混乱するほどだ。
まず入国した瞬間から、支援が始まる。入国のシート記入の支援に1人。そして、荷物をもつ人が1人。それからドライバーが1人。3人による入国サポートだ。
ホテルについたらまたグレーのスーツをびしっと来たエジプト人が現れる。夜中の1時というにも関わらず。
そこで彼はホテルの部屋に不備がないかをチェックする。水が流れるか、お湯が出るか、部屋がきれいか、などなど。
お湯がでるかをちゃんとチェックしてくれたのだろう。彼のグレーのスーツはビチョビチョになっていた。脱いでからチェックすればいいのに、と思ったけれど、彼はこの仕事はまだ慣れていないのだろう。
この失業率を考えると彼も久しぶりの仕事なんだろう。それで、張り切って仕事をしてくれている。だから、私は「大丈夫だよ、自分でできるよ」なんて言えなかった。
万事が万事この調子だった。何かの度に支援する人が変わる。きっと多くの人に少しずつ給料を払うためなんだろう。
10年前に1人でいったエジプト旅行を思い返してみると、雲泥の差だ。あの時も同じように1時頃に空港からカイロの市街地までタクシーに乗った。
タクシーに乗る前に行う価格交渉はバックパッカーの鉄則だ。価格を合意してから乗る。しかし、空港から出る通路の途中で、彼は約束した値段と違う値段を言い出した。「深夜料金だ」と言いながら。
怒った私は走ってる車のドアを明けて飛び降りる仕草をした。議論なんてしても無駄だとわかっていたから。慌てて、彼は「OKOK」と言った。まさに命がけで守った500円だった。
その時の旅行とは全く違う不安のない旅行になったけれど、ただ、エジプト人の顔色は10年前よりも、少し暗くて。
10年前はナズィーフ新政権による経済が非常に好調で街も元気だった。私を騙そうとしたタクシーの運転手でさえ血色の良い顔色で、それが懐かしい。あの水浸しになったグレースーツの方の顔色の悪さを見て、それを痛感する。
たとえ不安のない旅行でも、街が不安にあふれていれば、なんだか心は落ち着かない。
私は、ルクソール神殿に手を合わせて「エジプトの経済がよくなりますように」と祈った。日本みたいに、こんなお祈りが神殿に通じるのかわからないけれど。
お賽銭箱がない。お賽銭にする予定だったお金は、代わりに、あのグレーのスーツを着た人にチップとして渡そう、と思った。