眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

下書きに残ったメール

下書きに残ったメールを眺める。週に何度かは見返して文章を修正するけれど、まだ「送信」ボタンが押されていないメール。切手をはられてまだ封をされていない手紙のよう。

毎回、見返すたびに「こういう表現がいいな」と書き直す。文章って本当に難しいな、と思う。夜みる文章と朝みる文章は違う。タイピングをしてかじかんだ手を「はー」っと息で温めながら、そんなことを考える。

彼女と会ってから2年以上もたつ。最初は、飲み会の席だった。いわゆる合コン。最初の印象は「キレイな人だな」という印象だった。その場でいろいろな質問をしてその場を盛り上げてくれたのを思い出す。夏のような女性だ、という印象だった。

僕はどちらかといえば冬な人だったから、「合わないかも」と思い、そのまま時が流れた。連絡先も交換しなかった。

再会したのは半年前だ。交流会で、たまたま見かけた。「どこかであったことがあるな」と思って、記憶をたどると「夏の人だ」と思い出した。ちょうど季節も夏だったからかもしれない。彼女も「ああ、あの時の」といってくれたけれど、覚えてくれていたか定かでない。

ただ、仕事のつながりもあるということがわかって、一度、ランチをした。実際に1度、仕事もした。ただ、やりとりは、主にメールだった。せめてLineのやりとりだったら、プライベートの話もできそうなのに、とそんなことを思った。最初にあった時にLINEを交換しておけばよかった、と。一度、メールのやり取りになると、どうもそこからLINEに移るのは難しい。

そんな中、彼女が転職することに決まったのは先月だった。

それから、何度か彼女にメールを送ろうと考えた。「転職祝いに食事はいかがですか」とか。でも、まだ送れずにいた。どうも仕事をした相手に、そんなプライベートな連絡をするのはなぜか気が引けたし、何より会ったのは3回だけだ。メールの回数はそれこそ20往復を超えるけれど。

だから、いつも下書きのまま、そのメールは眠っている。もし、これが手紙だったら黄ばんでいるかもしれないな。

そして、その日も、いつも通り「下書きに保存」を押そうと思った時だった。うっかり「送信」を押してしまった。「あっ」と思った時は遅かった。Gmailは「送信取り消し」の機能がある、と思い、そのボタンを押そうとした時には、もうそのタイミングは過ぎていた。

なんてことだ。

僕は1時間くらい、部屋の椅子の上で放心した。なんでメールだったんだ、と思った。Lineでも送信の取り消しができるのに。メールはもう取り返せない。

せめて送るなら、もっと文章を推敲してから送りたかった。とはいえ、と考えた。今日の修正文章の後でまだ良かったかもしれない。昨日までの文章だと、あからさますぎる。今日のメールでは「お元気ですか」という一文を付け足した。きっと、その一文がある方が良かっただろう。

そうして、一晩眠った。

起きて昨夜のミスを思い返した。気分が滅入りながら携帯の目覚ましを止める。その時、スマホGmailアカウントに未読メールのアイコンがついていることに気づく。

「もしかして」という期待とともにGmailをあける。もう眠気は吹き飛んでいる。

2通あったうちの1つは営業のメールだった。世の中から営業メールはなくなればいいのに。そして、もう1通は彼女からの返信だった。

「新しい職場で楽しんでいます。またご飯いきましょ」という文章とともに。

ガッツポーズをして、布団を抱きしめる。

取り消せないメールって悪くないかもしれない。送ったメッセージを取り消すなんて野暮だ。いった言葉は取り消せないように、メールも取り消さないくらいがいいのかもしれない。

何よりメールは、下書きにできるのがいいな。LINEにはできないもの。