寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

恋はトレードオフか

広尾にあるビストロで彼女はグラスを傾けながら言う。

「もっと恋をすればよかった」

彼女が最初に自分の会社を始めたのは19歳の頃だった。そこから今は3社目となる。2社の失敗経験を踏まえて3社目は軌道に乗った。彼女は15年間、仕事だけをしてきた。

「恋人なんて無駄だと思っていたの。相手のことを思う時間や合う時間なんて無駄だと思ってたの」

グラスは2杯目。少しほろ酔いの彼女。テーブルには、まだ半分以上残った子牛。

「でも、やっと最近になって気づいたの。仕事で辛い時も、恋をしていたら、その時は辛いことも忘れられるの。他のことでは決して忘れられなかったのに。美味しいものを食べても、映画を見ていても、寝る時以外は辛いことが離れなかった。頭の片隅にずっと合った。でも、恋愛をしている時だけ、好きな人と一緒に合う時だけは、忘れられるの」

「なんで、もっと恋をしなかったんだろう」

少し鼻にかかる声で彼女は言う。ろうそくの光で彼女の頬が少し色づく。

「だから今年になって多くの人とあったの。そして今までだったらデートしないような人ともデータをしたし、今までじゃ考えられないようなこともした」

性的な表現を婉曲に表現する彼女の表現がバーテンダーの心にのこる。

「知らない自分も知ることができた。頭を撫でられることが好きだなんて気づかなかった。」

そのビストロの2席と隣では、3年続いた関係を終わらせたばかりの女性が女友達につぶやく。

「恋なんてしなければよかった」

バーテンダーは考える。それだけを聞くと「恋をすればよかった」「恋をしなければよかった」という人たちが世の中には等分にいるのかもしれない。でも、違うな、とバーテンダーは考える。恋は一度知ってしまうと逃げれないものだ。そう考えると、世の中には「恋をしたことのない人」か「恋をしている人。あるいは、しなければよかったと思いながらもまた恋をしてしまう人」しかいないのだ。

バーテンダーは、3杯目のグラスを注ぐ。