甘くない至福のスイーツ
至福のスイーツと聞いて思い出すのは、治一郎のプリンだ。治一郎は、バームクーヘンで有名な店だが、最近はプリンも出している。バームクーヘンを作る技法をどうやってプリンに応用しているのかわからないけれど、美味しい、らしい。
「らしい」というのは、俺がこれを食べるのは今日が初めてだからだ。
ヤナコが一番好きなスイーツがこれだった。ヤナコはスイーツがとても好きだった。レストランに行くと必ず「スイーツ、スイーツ」といってデザートを頼んだ。
アイスクリームの時もあれば、杏仁豆腐の時もある。クリームブリュレもあれば、シャーベットもあった。ただ、彼女にとって食事の最後はデザートで締めるべきものだった。
そして、彼女はいつも「食べる?」と食べかけのデザートの皿を出してくれた。スイーツが苦手な俺が「いらない」というのをわかっていて。それでも、「食べる?」と聞いてくれるのは嬉しかった。喧嘩をして無言で食事をした時も、最後はそれは聞いてくれた。黙ってデザートを頼んだのに、食べる時は「食べる?」と聞いてくれた。
だから、彼女がいなくなった部屋で、ヤナコが一番好きなスイーツを食べるのは、儀式みたいなものかもしれない。あれだけ彼女に「食べる?」と聞かれて一度も食べなかった俺が、ようやく食べるのだから。それが、彼女のいない部屋で、というのが、あまりスイートな話ではないけれど。
スプーンにそのプリンを載せて口に入れる。じっくり味を確かめる。
ヤナコは嘘つきだな、と思う。「甘い」と言っていたのに、こんな塩っぱいなんて。ヤナコは嘘つきだ。
ー流れ落ちる涙がプリンの上にこぼれる。
こんな塩っぱいスイーツならいらないよ。残りはヤナコが食べてくれよ。