眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

モロッコでの3日間の忘れられない恋物語

忘れられない恋物語と聞いて思い出すのは、一番付き合いが長かった彼女でも、結婚を考えた彼女のことでもない。

ロッコで3日間だけ一緒に過ごした女性のことだ。赤い月が見える砂の町で。

その時、私は、モロッコのある町のユースホステルで新聞を読んでいた。旅行中に新聞なんて読む必要はなかったけれど、暇だったのだ。暇だったので、ホテルのテーブルの上におかれていた新聞を読んでいた。

すると、彼女が話しかけてきた。「Hello」と。

そこでまず旅行者はどういう反応をするか。もちろん警戒だ。アフリカを旅行する中で、さんざん、色々な目にあってきたのだから。しかも、とてもきれいな目をした女性に話しかけられたならなおさら。

ただ、僕は、彼女の話につきあった。なぜなら暇だったのだ。次の町に行くバスは3日後に出発で、その日は何もすることがなかった。話をするくらい、どうってことない。

彼女によると、彼女は女優の卵で将来は世界で働きたいから英語を勉強しているとか。だから、ユースホステルによく遊びにきて、英語をしゃべる練習をするのだとか。とてもたどたどしい英語で彼女は喋った。過去形をあまり喋られないのか、現在形ばかりだった。どうせ過去の話なんて、こんな旅行先では意味がない。現在形だけで十分だった。そして、2人きりだ。主語さえもいらない。名詞と指先があれば十分だった。

彼女は新聞の英語を指を指す。僕はそれを発音する。彼女がそれを真似て発音する。僕は英語で説明するけれど、僕の拙い英語で説明できないし、そもそも彼女は英語があまり理解できていなかったから、そんな説明が無駄だった。でも、僕は持て余していた。ただ、英語を発音して、なんとなくその単語を説明する。彼女はそれに対して真面目に話を聞く。発音する。それで十分だった。

彼女は、ご飯を食べに行こうという。僕は騙されてぼったくりバーにつれていかれるのかなと警戒したが、近くのハンバーガー屋なら大丈夫だろう。そして2人でハンバーガーを食べた。彼女はぼったくりバーにつれていかなった。それから、その日は分かれた。翌日も彼女はユースホステルに来た。観光をしてくれた。そして、夜ご飯を食べて分かれた。

そんなことが3日続いた。僕は、3日目に「バスで次の町にいかなければならない」といった。もっとも「トゥモロー、ワルザザード」といっただけだけれど。彼女は理解した最後の晩餐だった。同じハンバーガー屋でご飯を食べた。お酒もなしで。2人で砂漠の赤い月を眺めていた。
僕はまだ警戒をしていた。彼女に何か買わさられるんじゃないかと。でも、最後まで、彼女は「宝石屋にいこう」とはいってこなかった。

「バイバイ」と僕はいった。彼女も「バイバイ」といった。欧米ならここでハグでもしたかもしれない。でもここはモロッコだ。ビールもないし、ハグもない。それでいい。僕は日本の住所を渡して分かれた。

僕は、彼女を疑ったことを恥じたし、もし警戒していなかったなら、もっと距離を詰める方法はあっただろうな、と思った。ハンバーガー屋以外にも彼女を招待したかった。でももう遅かった。僕は人を信じられなかった自分を少し後悔した。でも、人生ってそういうものでしょう。

それから1年後だった。日本にかえって3ヶ月はたったころ、僕の家に手紙が届いた。彼女からの手紙だった。

ありがとう、という感謝の手紙だった。楽しかった、ということも書いていた。彼女はそれなりにちゃんとした英語でそれを書いていた。僕はその英語をみて思う。彼女はこの1年で何人の人と喋って、これほど英語を上達したんだろう、と。あるいは、彼女は英語ができたのに、僕に合わせて下手なフリをしていたんだろうかと。

僕はあれから10年以上だった今でもそのことを思い出す。たまにfacebookで彼女の名前を検索するけど、彼女を見つけることはできない。顔だってあまり覚えていない。

人はこれを恋とは呼ばないのかもしれない。でも、僕にとって、これは忘れられない恋物語だ。どうして彼女はこんな僕と3日も一緒にいてくれたのか。なぜ僕はそれなのに何もできなかったのか。そういう後悔がそこにはある。

忘れられない恋物語は、その大きなや長さで決まるんじゃない。そこにある自分のif もしもの重さで決まるのだろう。時々、あのモロッコの砂の町にいつか行くかもしれない。手紙にかかれていた住所にいけば、彼女に再会するかもしれない。そうすれば、これは忘れられる恋物語にできるかもしれない。そんなことを考える。

でもきっと僕はいかないだろう。ただ「いつかいくかもしれない」とifもしもの世界を抱えながら、生きていくのだ。ねえ、人生ってそういうものでしょう。僕は、彼女の手紙で書かれた彼女の英語文字を指指しながら、そうつぶやくのだ。