寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

笑いのマシンガン

つまらないと思いながら笑うことの苦痛は、いつか慣れるのかな、と思う。私の前では、トモコが体操着でバレエの踊りのような踊りを踊っている。周りの人たちは机を叩いて笑う。私も負けじと笑う。何が面白いのか全然わからない。他の子たちは分かって笑っているのだろうか。

箸が転んでもおかしい年頃といった表現はあるが、あれは表面しか見ていない言葉だと思う。その年頃は、箸が転がっただけで笑うことを強制されている年頃なのだ。

笑うことで、「あなたを尊敬していますよ。敵じゃないですよ」と伝える。犬が降伏の証としてお腹を見せるように私は笑う。

自分の心を裏切っているようで、その笑いは何か苦しい。何かをすり減らしているように思える。大学生になってもこんな笑い方を私は続けるのだろうか。社会人になっても続けるのだろうか。父さんが夜遅くに帰ってきた時に赤ら顔でため息をついているのは、きっとこんな笑いを続けてきたからなのかもしれない。

でも、もし、この笑いに慣れないのだとしても、心をすり減らしていたのだとしても、きっと私は笑い続けるだろう。もしその笑いで、この輪にとどまり続けられるのなら。お世辞の作り笑いを辞めて、それで周りを敵にするくらいなら、私は笑う。教室の隅っこで一人でお弁当を食べるくらいならば、私は笑う。正直であることがなんだというのだ。その代償が孤独なら、私は正義なんていらない。

もっと上手に笑うようになるだろう。心をすり減らさずに笑えることができるようになるだろう。作り笑いをマシンガンに日常と戦ってやろう。