寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

私は恋をする能力が欠けている

私は恋をしたことがない。

中学生や高校生の頃から、周りは"恋"というものにわーきゃーを言っていた。

- 誰々君と目があった

- 誰々君と付き合うことになった

- 誰々君と相性いいんだ

いま考えれば、「目があっただけで喜ぶ」「男性の触ったハンカチを触って喜ぶ」「漢字の字数で相性占い」だなんて、新興国でもてはやされる新興宗教みたいな非科学的さだ。馬鹿らしい。

大人になっても状況が。大きくは変わらなかった。悩みがより具体的になっただけで。

- 彼からLINEがないんだけど

- 彼のことばっかり考えちゃって食事が喉を通らない

- 彼にふられたら死ぬ

彼女たちのそのような振る舞いを考えると、私には、そのような「恋をする能力」が欠けていたんだろうと思う。

私は男性のことで頭が占領されることはなかったし、心が乱されることもなかった。「一緒にしゃべりたい」と思うような男性さえいなかった。

恋をする能力の欠如だ。

でも、1人だけ、たまに今でも思い出す男性がいる。

それは、私が幼稚園児の頃だ。親と動物園にでかけた。関東の人には名前も知られていないような小さな動物園。イルカがいる動物園。いま、まだあるかどうかもわからない。

そこで、私は両親とはぐれた。母がトイレにいっている時に父親の目を盗んでどこかにいったらしい。私は覚えていないけれど。きっと遠くに見えたキリンかなにかを見たかったのだろう。

私が覚えているのはその後のことだ。気づけば、自分が1人だけ。親がいない。それなりに混んでいた動物園なので、探しても知らない人ばかり。

子供は湧き上がってくる不安な気持ちと涙をなんとか押しとどめていた。

そんな時に「だいじょうぶ?」と声をかけてくれた男性がいた。

「迷子?」と聞いてくれ、私の微かなうなずきに「そっか。じゃあ一緒に見つけよう」と私の手をひいてくれた。その手の暖かさは今でも覚えている。

そして、案内センターまで連れていってもらった。そのセンターまでの道中には「大丈夫。すぐみつかるからね」と言いながら、ジブリの歌を歌いながら、大きく手を振って私を連れていってくれた。

「大丈夫」という彼の一言は私を大いに勇気づけた。当時は大人というものは頼れる完璧な人間だった。大人はレジでお金も間違うことにないとさえ思っていた。そんな大人の男性が「大丈夫」といってくれるんだろうから、きっと大丈夫なんだと安心できた。

結局、園内のスピーカーによってセンターに訪れた両親と会うことができた。

いまでも、たまにあの人のことを思い出すことがある。もしもう一度あえたらちゃんとお礼をしたいな、と思う。

私にとっての恋はそれなのかもしれない。あの暖かい手のぬくもりと頼りになる大きさの手が私にとって恋の代名詞だ。いまでも不思議なことにあの男性の手のぬくもりだけは忘れることがない。キリンのことは一切覚えていないのに。

私を恋の暗闇から抜け出させてくれるのは、そんな手なのかもしれない。

恋をしなくてもいいから、誰か男性の人と手をつなぎたい。それを恋というのだろうか。

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今週のお題「恋バナ」より