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寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

親の死とクリーニングと

広島を離れたのは18の時だった。東京の大学に行くことになり地元を離れた。

東京行きの新幹線はとても心細かったのを覚えている。小雨が振る寒い3月だった。

それから10年経った。新幹線の寂しさはなくなったけれど、その分、地元の記憶も薄れた。

帰郷するのは、せいぜい年末くらい。1年で3日間だけだ。それも、おせちを食べていれば過ぎてしまう。

両親が平均寿命まで生きるとすると、あと30年。計算すると、両親と一緒に過ごせるのも1000日くしかない。一緒に暮らしていると考えるとたった3年。

そう考えると、もっとたくさん帰りたいと思うけれど、仕事をしているとなかなかそうは行かない。

電話や手紙をもっとしたいな、と思うけれど、日常という魔物に押しつぶされてなかなかうまくいかない。

それでも、週末にはクリーニングに服を出す。クリーニングに行く10分があれば、実家に電話すればいいのに、と思うけれど、ついつい電話をしそびれる。クリーニングよりも親の方が大事に決まっているのに。

どうしてかな、と考えた。

きっと人は遠い未来のことをうまくイメージできないんだろうな、と思った。30年後に両親がいなくなる、ということをうまく想像できないんだろう。それよりも、クリーニングにいかないと服が汚れたままだから困る、という方が想像しやすい。

もし未来のことを今と同じ重みで心配しちゃうと生きていけなくなるからなんだろう。だって、「60年後は自分が死ぬ」って明確だ。でも、それを「やばい、私60年後に死んじゃう」なんて心配したら生きていけない。会社なんていかなくなるし、税金さえも払わなくなっちゃうかもしれない。少なくともゴミは分別しなくなるだろう。

そうなると、いろいろ世の中がややこしくなるから、人は遠い未来のことはうまく想像できないんだろうな。