ちょこっと
「14日、仕事帰りに家に寄るね」とミサは言う。
ああ、14日。バレンタインのチョコをくれるのか、と僕は思う。
14日、仕事から帰って、家でパソコンをしているとインターホンが鳴る。ミサだ。「チョコなんだろうけど、チョコチョコ言うのもあれだから、ちょっとだけチョコなのかな、という顔」で迎え入れる。
彼女が右手に持つ紙袋が気になる。ファッションブランドものの紙袋だ。すると手作りかな、と考える。
部屋にあがり、少し話をする。「チョコはまだかな。まだチョコかな」と少しそわそわしながら、話をする。そして、ミサは言う。
「いいものもってきたよ。あげるー。ハッピーバレンタイン」
袋を空けると、ボックスがあり、ボックスを明けると彼女の手作りが入っていた。ただ、それはチョコではなくアップルパイだった。
「あなた甘いものあまり好きじゃないでしょ。だからアップルパイにしたけどどうかな」
「気が効くね〜。ありがとう。一緒に食べる?」
「いや。私は味見でたっぷり食べたからいいや。徹夜になっちゃったよ。疲れたからかえるね」
ミサが帰ってから、ソファーに座って考えた。僕のことを考えてチョコを避けてくれたなんて、素敵な子だな、と思う。
同時に「でも、違うんだ。バレンタインはチョコがほしいんだよ。たとえ甘いものが好きじゃなくても」という独り言をつぶやく。バレンタインは、チョコが食べたいんだよ。
コーヒーを入れてアップルパイをチンする。すると、バニラエッセンスの香りが部屋に立ち込めた。いい匂いだな。
そして、頬張る。
「あ」
アップルパイの中に、小さなチョコが入っている。マックスブレナーのパイのように。
なんだよ。俺の彼女は気が利く上にサプライズ好きかよ。甘い上に苦いって、まさにチョコだな。
思わずパイを全部平らげた。ハッピーバレンタイン。