読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

いまいる場所を友達と共有するサービス「snapちょっと」

先日、以下の記事が話題になっていた。

»世界史サイトがすごい!紀元前4000年から、1年刻みで各国の国名と指導者が分かる! - Togetterまとめ

従来、世界史は「西洋」「中国」といった形で場所にフォーカスして歴史を学んでいた。そのため、ローマ帝国がある時に中国がどうなっているか?といったことはわかりにくかった。

しかし、上記のようなツールを使えば、「西洋でこの王様がいた時に日本は誰がいたのか」などを年代区切りで横断で世界を見ることができるのだ。

この記事を見て

「面白い」

と思った男がいた。男の名前はミヤマス・ザッカーバーグといった。

彼は「この世界地図の考え方を、今の日常に応用できないだろうか」と考えた。つまり「いま、自分が生きているこの瞬間に友人や両親は何をしているかを知りたい」と。

彼の友人はいった。

「それってツイッターじゃん」と。

ザッカーバーグは答えた。

「違う。ツイッターはやってる人の今はわかるが、やってない人の今はわからないのだ」

そして、彼は自分のサービスを開発した。名前は「SnapChot(スナップちょっと)」というサービスにした。「ちょっとだけみんなの今の時間をSnap(ありのまま切り取る)する」という思いから出てきたサービスだった。

そのアプリを入れたユーザは友達みなに自分の居場所を自動で伝えることができた。GPSの位置情報をバックグラウンドで取っているのだ。友人はFacebookTwitter、電話帳のネットワークを活用することができた。

またたく間にそのサービスは広がった。人はツイッターのように投稿したいことはなくても移動はする。だから、移動という無言のメッセージの心地よさが多くの人に刺さったのだ。

「いま、上野で花見」「いま、ディズニー」「いま、渋谷で飲んでる」とFacebookに投稿するような年でもない人が、それでも、承認欲求を満たすためにこのサービスを使った。

「いま自分がどこにいるか見られている」というだけだが、その快感は想像以上のものだったのは。人は本能として「自分が気にかけられたい」と思っていたのだ。

そして、実際にそのサービスは利便性も多かった。たとえば「いま近くに誰がいるのか」といったことも可視化できた。だから「あ、近所に昔の同級生がいる。久しぶりにお茶でもしない?」といったコミュニケーションが可能だ。いままでできなかったコミュニケーションである。

あるいは、海外の離島で、偶然、前職の人がいることがわかれば、一杯、お酒でも交わすというものだろう。

インターネットによって、人はリアルでの人との関わりが少なくなったと言われたが、このサービスは逆だった。リアルで合うことを促進した。しかも、それがFacebookTwitterでつながっている相手だけだから、犯罪が起こる可能性もとても少なかった。まさに革命だった。

こうして、日本ではLINEを超えるほどの多くのユーザがこのサービスを使った。「ただ居場所を友達に自動で伝える」というシンプルなこのサービスが。

もちろん小さな事件はいくつも起きた。芸能人が居場所を垂れ流してしまったり、あるいは、刑事が居場所を伝えてしまい捜査の支障になってしまうということが。それでも、人間の居場所の可視化は価値があった。

映画であるような「複数の人の人生を並行で見る」ということができるようになった。「いま、あの人は何をしているんだろう」という想像さえも不要になった。いま、あなたの手元で多くの人の人生が見れるのだから。

FacebookのLikeやツイッターのリツートと違う快楽がここにはあった。それは、「この人生でたまたまであった友人たちと、もう一度再会し、同じ空気を吸う」ということの価値だった。

それは、誰も気づかなかったけれど、想像をしている以上に貴重なことだったのだ。

昔の友人といまいちど酒を酌み交わす。それは、ずっと心地よいことだったのだ。