寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

選べなかった青春の味

今更、東京ラブストーリーを見ていた。古き良き時代の月9の恋愛ドラマだ。

このような青春ドラマなどをみていると、いわゆる「胸が締め付けられる」ような気持ちになる。自分が選ぶことのできなかった眩しい選択肢を見せつけられて「自分の青春とは違う」ということに気づく。そして、ドラマのそれ取り返そうにも今更遅いことに気づき落胆する。何より辛いのは、もう取り返せないものがそこにあると気づくことだ。現代、あらゆるものが再現性を持って手に入ることができる。それでも、時は買うことができない。古人がそれを「金」といったように。

それでも、僕らは青春の物語をみてしまう。映画だったり、ドラマだったり、あるいは小説だったり。そして、自分が選べなかった青春に自分を投影して、代償行為に浸る。

あるいは、人はその「苦しさ」に快楽を覚えるのかもしれない。この年になって、その気持が少しわかってきた。

自分の過去の間違った選択肢や、選べたけれど選ばなかった分岐を思い返し思いをはせる。なんだか息苦しい気持ちになる。でも、同時にそれが気持ちよくなる。

その過去の後悔や反省、あるいは、喪失感こそが人生の妙味ではないのか、と。かっこうよくいえばそうだし、もっとありていに言えば、そうして人生を振り返って胸をかきむしることも、それはそれで楽しいことなんだろう。

それで思い出すものがある。 最近話題の以下の「やれたかも委員会」という漫画が人気だ。

»やれたかも委員会|吉田 貴司|cakes(ケイクス)

「あの時、あの女性と交われたかもしれない」というシーンをテーマにした物語だ。これこそ最たるものだろう。もしかすると別の道があったかもしれない瞬間を数年後、ふと思い出す。

そこにある感情は後悔なのか、あるいは愉快なのか。その汗と涙が入り混じったような感情を弄びながら、僕らは年を取っていく。若い頃は「ああ、あの時ああしておけばよかった」と思えたことがいつしか「ああするしかなかったんだ」と思いながら、別の選択肢を想像して楽しむ。

そうして、改めて自分の過去を少しだけ思い返してあげる。

村上春樹が言ったように「つまらない日々でも手紙に書いてしまうと楽しい日々のようい思えた」という言葉を反芻しながら、自分の日々を少し振り返る。選ばなかった選択肢の味を味わいながら、振り返る。