眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

迫りくる尿意との戦い

「空気読めよ」と、これほど強く思ったことはない。

私は目で「トイレ行きたい、トイレ行きたい」とアイコンタクトを送る。すっと目線をトイレに送る。カウンター席の端にある扉に目を送る。

でもこいつは気にせずひたすら喋る。私に席を立つスキを与えない。港区では最近、甘酒が人気だとか。それは港区は関係ないんじゃないか、と思うけれど、それよりもトイレに行きたい。

会話の途中で席を立つのって、まぁまぁの度胸がいる。それだけの度胸は私にはない。

そんなことを思っているとお店の人が「何か飲みますか」と聞いてきてくれた。

ナイス。相手が飲み物を考えている間にトイレへ、と思ったら、やつは「同じものを」と即答。「ミキちゃんは?」と聞かれ、私はまたも席を立つタイミングを逃した。

私は「いまはもう水分がいらない」と心の中で叫ぶ。でも、「とりあえずは同じものを」と回答。いまは飲み物のことを考えるよりもトイレに行って、飲み物の行末を整理したい。

足が心なしか震える。膀胱が破裂したら慰謝料はもらえるのだろうか。

そうだ。何か質問をすればいいんだ。そして、こいつが考えている間にトイレに行けば。

でも、そもそも私が質問をするスキが見つからない。こいつがひたすら喋っている。たまに質問がくる。だから、そこに私は質問で返すことができない。まるで守ってるばかりのボクシングみたい。

こいつは、「間(ま)が開くと死ぬ病」にでもかかっているのか。「間が大切やで」と習わなかったのか。

世の中のすべての水分が私に集まってきたような気分になる。元気玉ならぬ膀胱玉は、今にも世界を恐慌に陥れようとしている。

しかし、もし私がここで漏らしたらなどうなるだろう。その時こそ、こいつはこの話を辞めるだろうか。最近の港区事情みたいなクソつまらない会話を止めてくれるだろうか。それはそれで魅力だけれど、濡れた服で帰るのは避けたい。

こういう時こそ、IoTの技術で「そろそろ一度トイレ休憩にたちませんか」と言って欲しい。いくらテクノロジーが進化しても気が利かないと意味がない。店の人もグラスが空だと「お飲み物は」と聞いてくれるけど、膀胱が一杯でも「トイレはいかがですか」とは聞いてくれないというのは知っておきたい21世紀の知識だ。

あ、そうだ。アイデアが閃いたと同時に私は動いていた。私は手でふっとフォークを手に引っ掛けた。落ちるフォーク。

すかさず私はフォークを取りに椅子を降りる。その時に彼の会話は少し止まる。すかさず私は降りたまま、トイレに向かう。完璧な導線!

私はトイレにこもり、外に出たがっていた水分を解き放つ。さっきまでの苦悩が嘘のように消えていく。涅槃の心境で、トイレを出る。

あなたにも覚えて頂きたい。デートで女性が上目遣いでもじもじしている時は、あなたに見とれているのではなく、トイレを我慢している時があるということを。

そして女性には覚えておいて欲しい。トイレに行きたい時は、カトラリーを落とすといい。もっとも拾ったナイフを持ったままトイレに行くと、色々ややこしいことになるので気をつけて。

私はそのまま席に戻らずにレストランを出る。話を止めれない男は、女も泊めれないのだ。