寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

母が使っていた絵文字の意味


母の日も近かったこともあり母の日の話を。

母は、ITに関して詳しくなかった。専業主婦であれば逆に主婦の友人たちから教えてもらったのかもしれないが、彼女は近所の店でパンを売る仕事をしており、友人たちとの付き合いはあまりなかった。

とはいえ、僕が、「携帯でも持ったら」ということで携帯を買ったのが2年前だ。日本でもっとも携帯を持ったのが遅い集団に属するだろう。買ったのは、ガラケーではなく、android端末だった。おそらく店で進められるがままに買ったのだろう。

もはや今はメールよりもLINEの方が使いやすい時代だ。僕は母にLINEの使い方を教えた。母は、いわばメールよりも先にLINEに触れた種族となった。ビールを飲んだことのない人間がいきなり日本酒にいくようなものだけれど、とはいえ、母はLINEの概念をなんとか理解した。

とはいえ文字入力は慣れていない。おそらく時間もかかるのだろう。毎回、送ってくる文字は短く、そして変換も十分ではなかった。変換という考えに慣れていないに違いない。そんな母でも、よく送ってくる絵文字があった。それはいわば笑顔の顔文字で、武将の最後にはいつもついてあった。

最初は「一つ覚えだな」と思っていたけれど、いつしか、それが母親のアイコンのように見えて、なんだか愛着さえもでてきた。その2年後、母は他界した。肺がんだった。

あの苦しさの中、普段の病院では笑顔さえ見せられない苦しさの中、母はLINEにだけは笑顔を送りつづけた。現実では笑顔を上手に作れなくなってからも、LINEでは笑顔を続けた。

なぜ、他の絵文字を送らなかったのだろうと思う。そんな話を四十五日が終わった後で、妹に聞いた。

「知らなかったの?あの絵文字って、お兄ちゃんに似てるね、って送ってたんだよ」

母は、自分の笑顔としての絵文字だけでなく、その笑顔を僕に重ねて送っていたらしい。

僕は、スタンプのアイコンの中から母に似たパンを見つけ出し、母親のLINEにたまに挨拶を送る。母親の携帯はまだ当分は解約しないだろう。