台風が持ち去った恋
台風が生んだ恋だった。
村上春樹の言葉を借りるならば
広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。
とでもいうような。
僕はその時にアメリカのアイダホにある小さなコミュニティ・カレッジに留学していた。新入生には寮が用意されていたので、寮で寝ていた。
そしてアメリカでは珍しく台風がきた。春の終わり、夏の前。5月だった。19歳の僕はアメリカではお酒も買えず、じんまりと部屋で過ごした。
同級生のミチが「怖いんだけど」とドアを叩いたのは、夜23時を過ぎたころだった。
わざわざフロアを降りてまで、僕のドアを叩いた。この年の新入生で日本人は僕だけだったから、それは不思議でもないことだけれど。
僕は台風の多い街で生まれ育ったから、特に台風を怯えることはなかった。彼女はそもそもアメリカが長いので、台風になれておらず、この暴風雨を恐れた。風を恐れるというよりも、風の叩く窓の音が怖かったのだろう。
僕は彼女の部屋にいって、台風がすぎるまで一晩一緒のベッドで過ごした。もちろん、その時は何もなかったけれど、それがきっかけで、僕たちは急速に仲良くなり、恋人関係に落ちた。
そして、その夏の終わりに別れた。
松任谷由実さんの歌で
台風がゆく頃は涼しくなる
という歌の歌詞があったけれど、台風がいくと同時に夏が終わって、一緒に恋も終わった。
5月に仲良くなり、夏前に付き合い、そして、一緒の夏休みを過ごした僕たちは、ある程度の時間を一緒に過ごしたこと。人は、いつしか恋愛にあきる。濃い3ヶ月を過ごした僕達は、当初よりも恋の密度は薄れ、毎日だった会う機会も減っていった。
夏の終わりも台風がきた。僕はその時、論文に忙しく、ミチの部屋にはいけなかった。それでも相変わらずミチは台風を怖がった。そんなミチが、他の誰かと台風の夜を一緒に過ごすのは不思議なことではなかった。
そうしてそのように、台風が連れてきた恋は台風が持ち去っていった。言い換えれば、台風が持ってきた恋なんてものは、台風なんかが持ち去っていってしまうほどのものでしかなかったんだろう、と思う。