眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

ifもしも、あなたが浮気している時に、妻の浮気を見かけたならば。


ナオトは、雨の中のターミナル駅の商店街を浮気相手と歩いていた。すると、前方から知った人が歩いてくる。距離としては200メートルくらい離れているだろうか。ナオトの妻だった。しかし、ナオトの妻も男性と寄り添って歩いていた。腕を組んでいた。ナオトも浮気相手と腕を組んでいた。

ナオトと妻は目があった。とっさに透明傘を前に倒したのは妻の方だった。夫が思わず立ち止まったら、浮気相手が「どうしたの?」と話しかけてくる。気づけば、妻は角を曲がって姿が見えなくなっていた。

ナオトはとっさに考える。追うべきかどうか。追えば自分も誰といるのか説明する必要がある。5秒悩んで、ナオトは追わないことにした。ただ、その日の夕食の味のなさったら。醤油とおたふくソースを間違うほどだった。

「仕事がある」と浮気相手には言い訳をして、食事をそうそうに切り上げてナオトは家に帰った。すると、もうすでに妻は家にいた。「おかえりなさい」という。ナオトは「ただいま」という。「雨に濡れたでしょ。シャワーを浴びてきたら」と妻はいう。ナオトは「そうだな」と回答する。しかし、胸中では面を食らっている。「あの人は誰なの」と切り出されると思っていたのだ。そこで「お前こそあいつは誰だ」というつもりだった。しかし、「おかえりなさい」だと。

もしかしたら、タイミングを見計らっているのかもしれない、と思い、ナオトはシャワーを浴びた。湯船にも使った。そして、風呂上がりのシチュエーションを想像した。あらゆるパターンを想定した。しかし、その予行練習は役に立たなかった。妻は何も言い出さなかったからだ。普段通りに、お茶を入れてくれ、0時には2人でベッドに入った。

ナオトはベッドに入り、頭を悩ませた。平然とした顔をしながら、頭は混乱していた。「どういうつもりだ?!」と。あまりにも妻が平然としているので「俺がみたのは妻ではなかったのではないか」とさえも思った。しかし、そんなハズはない。あれは妻がたまにきているジャケットだった。何より目があった時のあの表情は、明らかに動揺したものだった。

ナオトは冷静に考える。つまりこれは「私は突っ込まないから、あなたも突っ込まないでね」ということではないか。これはまさに、ナッシュ均衡

翌朝になった。妻は何も言わなかった。ナオトも何も言い出せなかった。妻のことは気にはなる。しかし、自分の浮気を突っ込まれるくらいなら、妻のことはしらない方がいいかもしれない。ナオトは家庭を壊したいのではない。まるで「Mr.&Mrs. スミス」だな。いまならブラッド・ピットの気持ちがわかる。

しかし、同時にナオトはシュミレーションを引き続きしていた。もし、不意打ちで「あの時に一緒にいたのは誰なの」と聞かれたら応えられるようにしないといけない。その時に、ナオトは「会社の後輩だよ」と言い切ろうと考えていた。実際に会社の後輩だった。その分、ナオトは妻よりも言い訳の合理性で優位になっていると考えている。それよりも、「お前は誰といたんだ」と突っ込もうと考えていた。これだけ時間をおくということは、妻もやましいことがある間柄に違いない。攻撃は最大の防御なり。そこを徹底的について、こちらに質問をさせないようにしよう、と考えた。

しかし、一週間が立った。いつまでたっても妻は質問してこない。ナオトは、たまらず聞いてみた。なんせ自分の言い訳は「後輩だ」という説得力があるから、強気で攻めることができたのだ。

「なぁ。26日にA町ですれ違っただろ」とナオトは食後に切り出した。

「26日?何曜日ですか」
「金曜日だよ」
「何時頃ですか?」
「20時ごろだ」
「その時間は家にいましたよ。タチコと電話をしていました」

ナオトは、出鼻をくじかれた。まさか「いなかった」という回答がくることは想定していなかったのだ。そして、この一週間の間に、妻はアリバイを作ってきていた。

「そうか。お前に似た人を見かけたんだがな」

ナオトは諦めずに食い下がる。どう攻撃しようか。すると、思わぬ反撃がやってきた。

「そういえば、その日は、A町であなたが女性と歩いているのを見たとミチコが言っていました。それは本当ですか?」

ナオトはノーガードだったから、顎に全力フックを食らったほどの衝撃を受けた。まさか、そんな攻撃の仕方があるとは。ナオトはパニックになった。認めるべきか、認めざるべきか。

「いや。女性とはいなかったな、1人だった」

ナオトは思わずそう口にしていた。ハイリスク・ハイリターンよりもローリスクをとったのだ。

「そうなんですね」と、妻は言った。

「ではなぜA町で、私に似た人を見かけた時に声をかけてくださらなかったんですか?」

と妻は畳み掛けるようにいった。

「それは、すぐに見失ったからだよ」とナオトは息も絶え絶えにこたえる。もうガードしかできない。

「そう。LINEでも送ってくださればよかったのに」という妻の言葉にナオトは何も言い返せなかった。妻から「チェックメイト」という言葉の幻聴さえ聞こえた。

その日の夜、ナオトは浴槽で考える。今回の示唆はなんだったのか。とりあえず妻とはチェスはやらないでおこう、と思った。