眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

音声起動

米CIA長官、カショギ氏殺害の音声記録を確認=関係筋 | 」の記事を見て、ミキオは思った。

- ジャーナリストとして、これはヒントになるな。これは、カショギ氏は、AppleWatchか何かで音声を取っていたのだろうか。声を録音し、どこかに送っていたのだろうか

- 確かに、ジャーナリストたるもの、いつ捕虜になるかわからない。そんな時に、いざという時に、声で電話をかける設定をしておくのは良いかもしれない

そうして、ミキオは、音声だけでスマートフォンから、110番をかけれるように設定をした。とはいえ、「OK google 110番かけて」とでも言おうものなら、「何してるんだ」と、すぐ殺される。そのため、「OK google」や「Hey Siri」以外の音声で起動コマンドを設定した。iPhoneだと脱獄(Appleが許可していないアプリを利用できる状態にすること)をしなくてはいけなかったので、androidでその設定をした。

しかし、キーワードの設定が難しい。「捕まった時に不自然ではない表現」で、でも「普段は使わない」ような言葉じゃないと、いざという時の役に立たないだろう。もし、自分が使わない表現でも他の人が言ってしまうと、電話がかかってしまう。誰も言わないような言葉がいい。

- そうだ。「What(ワット)、なんだ」にしよう。「なんだなんだ」の1つを英語に置き換えた言葉だ。捕まった時は「なんだなんだ」は言いそうじゃないか。ただ、それだと普段でも言ってしまいそうだから、英語と日本語を組み合わせればいい。

我ながら妙案、とミキオは考えた。「外国人タレントの新しいギャグみたいだな」とは考えなかった。

それから1ヶ月。ミキオは、2回も誤作動で、この音声コマンドを通じて警察に電話をかけてしまった。

1回目は「ワットナンダだっけ、ナンダワットだっけ」と一人でつぶやいている時に、かかってしまった。

2回目は、電子レンジで、冷凍食品を温める時に「これ、500ワットなんだ」と、つぶやいてしまい、かかってしまった。

- もう誤作動はさせないぞ。電子レンジのワット数も考えない。

しかし、2度あることは3度ある。それからしばらくして、またミキオは警察に捕まってしまった。

- ちょっと待ってください。今回は、僕は誤作動させていませんよ

とミキオは弁明した。

警察はいった。

「誤作動とは何の話だ?お前が『捕虜になるかもしれない、捕虜になるかもしれない』というわけのわからないことばかりを言っているから、お前の親御さんが警察に保護の連絡をくださったんだ。

ミキオは、「俺、ジャーナリストじゃなかったんだっけなぁ」と思った。

Apple watchとタクシーアプリの位置情報が暴いた殺人事件

都内のアパートの一室で起きた話。その部屋では、ある女子大生が家にいた。なぜ家にいたのはわからないが、おそらく休日だったのだろう。あるいは大学生たるもの、家でダラダラしているのが本分だから、講義を休んで家にいたのかもしれない。あるいは体調が悪かったのかも。

いずれにせよ、その女子大生は、女子大生らしく、人生を謳歌していた。つまり、恋人が2人いた。その日まで、それはバレていなかった。

事件が起こったその日は、まず1人目の男が前夜から泊まっていった。女子大生はインターネット好きだったから、2人でNetflixでも見たのかもしれない。あるいは、MMORPGを一緒にしたのかもしれない。いずれにせよ、1人の男と一緒にいた。

そして夕方になり、男が出ていった。それから、30分後に、もう1人の彼氏が彼女の家に訪れた。さすがに彼女も「少し前に、別の男がいた空間に、別の男がくるのはいかがなものか」と少し思っただろう。しかし、男は急に来たのだから、彼女は拒む理由がなかった。

「散髪いこうとしたら休みだったので、遊びにきた」とのこと。事前にLINEくらいくれればと思ったけれど、突然きたことにも理由はあるのだろう。男は、女の浮気を疑っていた。

部屋に入ってまず気づく匂い。自分ではない男の匂い。そして、気がつくゴミ箱の避妊具。バレル女の浮気。

その後、言い争いになり、男は女を刺殺した。どこにでもある事件、とまではいわないけれど、年に1度くらいは起こる事件。コナン君の周りでは毎週起きる事件だ。

しかし、殺人を犯した男は、警察に言った。「俺がきた時にすでに彼女は死んでいた。俺は殺していない」と。

彼はこう言う。「18時ごろに彼女の家にきたら、すでに刺されて死んでいた」と。実際に彼はきた時間は17時だった。事件が起きたのは、17時30分だから、その時間には家にいなかったと言いたかったのだろう。もう1人の男のせいにしようとしたのかもしれない。

しかし、すぐにその嘘はバレた。

そして、彼がその家についたのは、17時だということがデータに残っていたのだ。彼はその場所までタクシーでいったのだが、そのタクシーアプリが位置情報を記録していたせいで、男が何時にどこにいったかが記録されていたのだ。

- 男は言い訳をした。間違えた。僕がついたのは17時だったかもしれない。でも、その時にすでに彼女は死んでいたんだ

しかし、それが嘘であることもバレた。彼女が身につけていたApple Watch心拍計の記録を調べたところ、心拍数があがっていたのは、17時30分で、17時30分まで生きていたことが証明された。

こうして、男は捕まった。IT時代に、嘘はつけないのだ。

元ネタ

ジャパンタクシー、広告サービスへの情報提供を停止  :日本経済新聞

Apple Watchの心拍センサーとアクティビティ機能が殺人事件容疑者のウソを見抜く - GIGAZINE

 

未来の美人の割合は、今の割合より多い?少ない?

- 100年後の日本はいまより美人が多いと思うか

「どうだろう。ハーフの人はきれいだというから、美人になってるんじゃない。今後、外国の人と結婚することも増えてくるでしょうし」

- そういう話じゃないんだよ。

「どういう話なのよ。メイク技術があがるとか整形が増えるという話?」

- 違う。年数がたてばたつほど美人は増えていくんだよ

「どういうこと?美人の割合は、確率的には同じでしょ」

- 違う。美人の方が恋人を作りやすいだろ。ということは結婚しやすい。そして、子供を生みやすい。そうでない場合は美人の人よりは子供を生みにくい。

「なるほどね。ただ、それは美人に限らず男もでしょ」

- そうだな。ただ、男は結婚要因で他に重要なものとして財力もあるからな

「じゃあ、将来の人の方がお金もちってわけね。じゃあ私は未来の人と結婚しようかな」

- ただ、金持ちかどうでないかは相対的に決まるから、それこそ、「金持ち」の割合は変わらないのかな

「それを言うなら、美人もでしょ。美人も相対的にきまるんだから」

- 確かに。

「髪の毛の伸びる速さはいまよりも早くなってるかもね」

- なぜ?

「エロい人の方が髪の毛が伸びるのが早いっていうじゃん。エロい人の方が子供うみそうだし」

- 未来は、こういう迷信も淘汰されていって、頭がよくなっていくんだろうな

 

 

夢で会えたら

「夢に会いに来て」というセリフや「夢みたい」という表現があるが、それは夢の良い面しか見ていない。夢が、目覚めない夢だとしたらどうだろう。それは、もはや悪夢でしかない。

それを体験したのは、旅行から帰ってきた直後のことだった。飛行機疲れもあり、また風邪も重なり体調を崩していた。いまから思い返せば、それらが原因なんだろう、と考えるしかない。しかし、実際のところは、そんな理由で説明つかないほどの不思議な体験をした。

旅行から帰ってきた翌日に、目覚めたら、そこは夢の中だったのだ。

自分は起きている。起きた場所も自分の部屋。しかし、そこは夢だ、という感覚が残り続けている。そして、微妙に少しだけ自分の知っている世界との違いがそこにはある。

しかし、起きた瞬間は、そこまで冷静に考えられなかった。まず思ったのはこうだ。

「これはなんだ」。

これはどのように説明すれば伝わるだろうか。プールから出たらプールだったという感覚だろうか。あるいは、食事を食べ終わったとしたら、また前菜がレストランから出てきた感覚とでも言おうか。

「なんだこれは」としか表現できない感覚がそこにはある。

夢の中で、それが夢だと気づくことはある。「あ、いま夢だ。目覚めよう」と夢が夢だと気づく。そして、起きる。夢の方が解像度は低い。起きて現実に安堵する。

その感覚が、起きている時に起こるのだ。「あ、これは夢だ。起きなきゃ」。しかし、起きれない。「これは夢なんだ」という感覚だけがある。

しかし、会社が始まる時間だ。「夢だ」と思いながらも準備する。「もしかしたら現実かもしれないから」と思って。悪夢を生きるような感覚だ。

少し解像度が悪い世界に、めまいをしながら服をきる。頭は働いていない。とりあえず手にもった服を着る。

それからしばらく記憶がない。気づけば、翌日だった。「かえってきた」今、あの日のことを確認すると、僕はちゃんと会社にいって、打ち合わせにでていたという。ただ、同僚は「おかしい」と思ったようだが。なんせ、頭がまったく働かないのだ。寝起き10秒くらいの頭のようだった。誰が何をいっているか何も把握できなかった。自分がどこにいるかもわからなかった。

翌日もそのような体験は続いた。「寝れば治る」と思って寝た記憶だけがある。あまりに早くに寝たので、3時くらいに目が冷めた。しかし、目がさめてからも、自分がまだ夢だと思う現実に生きていることに気づく。それに絶望する。「ああ、まだ目が冷めていない」と、目覚めた後に思うのだ。

翌日は6時から出社した。なぜなら家にいるのが怖かったのだ。鏡を見るのさえも怖かった。なぜなら、もしかすると自分は死んでいるのではないか、とさえも思ったのだから。だから、鏡に映らなかったらどうしよう、と鏡を見ることもできなかった。「世にも奇妙な物語」は、みないほうがいい。あんな番組のどうでもいいエピソードが自分に降りかかる。「そんな世界かも」といらぬ想像ばかりしてしまう。

そうして、私は6時に会社に向かう。ただ、お腹が空いた。なぜなら前日は何も食べていないからだ。途中で見かけたスターバックスに入る。そして、スコーンを食べる。しかし、味がしない。「夢だからしょうがないか」と思ったのを覚えている。夢だから、それは味がしないのだ。

夢だな、と思いながら行きていた。ちょうどその頃に、たまたま不思議なことが起こったということも、僕が「夢だ」と思うことに拍車をかけていた。

たとえば、普段は連絡しない人からLINEがきたり、友人のLINEの返信が変だったり(それは今、思い返しても変なのだが、理由はわからない)、会社の入り口が変わっていたり(たまたまオフィスの模様替えがあったようだ)。

また頭が熱で朦朧としているからか、意識のスキップも起こる。たとえばエレベーターを乗っている時に、あっというまにいきたい階につく。あるいは、エレベーターを待っていても何分も来ない。それらは、意識が引き伸ばされたり、あるいは縮められたために起こったのだと思うが、当時の私は、それが「現実」に起こっていることだった。たとえば30階までのエレベーターにのって、2秒でついたら「あれ、おかしいな」と思うであろう。そういうことが、何度も起こったのだ。

だから、僕は「これは夢なんだ」と信じていた。ただ、逃げることはできなかった。「もしかしたら現実かも」という思いが2割くらいはあったし、また、そもそも逃げる先さえもなかった。どこにもいけなかったのだ。だから、仕方なく変わらず出社していた。「なんのためにいっているんだろうな。これで起きて会社にいけば、また同じことを繰り返すのか」と思いながら。

ただ、3日目に起きて、「まだ夢」がそこにあった時に、少し諦めもした。「ああ、僕はこの夢から抜け出せないのだ。ここで生きていくしかないのだ」と。

「もしかしたらいつか目が冷めてくれるかも。起きたら旅行からかえった日の翌日かも」という淡い信念は1割だけもって、もはや私は夢の中で生きることを決めた。

同時に思ったのは親へのわびだった。「自分が知らない間に違う世界にいってしまった。ごめんよ」と。昔にいた世界の親への不幸を少し嘆いた。あるいはその世界では僕はもう死んでいるのかもしれない。死んだらこうして地縛霊みたいに、違う世界を行きていくのかもしれない、なんてことを真剣に考えていた。なぜなら「夢にいきていた」のだから。

ただ、3日目から、ようやく意識の混濁が少しましになってきて、仕事もできるようになってきた。2日目までは出社して会議は出るものの、何も資料はつくれず、何も発言できないというほどだった。今、思い返しても3日目くらいからの記憶はおぼろげながらある。

ただ、それでも、味覚はなかったし、不思議な出来事は起こり続けた。いま思い返せば、よく気が狂わなかったな、と思う。「起きたら夢」というのは、表現はきれいだけれど、実際に体験したら、絶望でしかない。夢から目覚められないようなものなのだから。友人も親とも離れてしまって。味覚もない。不思議なことばかりが起こる。

町中で歩いている人に声をかけてみようかなんて思った。想定外のことをすると、バグが発生して、自分が目覚めるんじゃないかと思ったのだ。ただ、それをするほどの気力さえもなかった。

タクシーにのると一号線に「日比谷通り」と説明がついているのを見た。それをみても「ああ、夢だ」と思うことになった。なぜなら一号線は桜田通りだから、日比谷通りではないのだ。夢が適当に近いものをくっつけたんだろうな、と思った。ただ今、改めて調べ直すと、場所によっては一号線を日比谷通りと呼ぶらしい。そんな夢にいきている人を困らせるような命名はやめてほしい。

自動販売機でコーヒーの炭酸をみても「夢だ」と思った。なぜならコーヒーの炭酸なんて売ってないからだ。「クリエイティブな夢だな」と思ったのを覚えている。しかし、あればBOSSの新製品らしい。これも、本心から「勘弁してくれよ」と思う。そんなものを出すと、夢の中の人が混乱するだろうよ。

あの頃、気が狂いそうな自分をなんとか抑え込めていたのは、わずかばかりの希望だろうと思う。僕は「いつか目覚めるんじゃないか」という希望をずっと持ち続けていた。

3日目も現実に目覚める努力をした。友人の紹介する病院で点滴を売った。別の病院で診断を受けた。点滴は意味がなかった。だって夢から目覚めるための点滴なんてないのだもの。病院の診察では、血液検査をされた。しかし、結果は何もなかった。そりゃそうだ。「夢の中にいる」という抗体なんて存在しないのだから。

少しでも、僕は諦めずに、現実に戻る方法を探していた。

4日目だった。僕は、現実との結節点を見つけた。そう。友人だった。それまで、LINEも1日に2回見るくらいだった。感覚でいえば40度の熱がでているくらいの状況だ。そういう時に人はスマホなんて見ない。ただ、4日目に少し落ち着いて、僕は信頼する友人に連絡をした。ご飯を食べないか、と。彼になら話をできる。そして、彼に「これは現実だよ」といってもらえるかもしれない。けれどLINEは無情だった。「今日は無理だ」という返信。僕は、「夢だもんなしょうがないな」と思って、寝てしまった。

5日目に彼と会うことができた。彼にその話をすると、笑って、「現実だよ」といってくれた。そして、僕は、行きている世界を「現実なのか」と思った。「でもこいつは夢の中の友達だから嘘をいってるかもしれないな」とも思ったけれど。

この頃になると、熱も下がったのか、ようやく意識が戻ってきて、仕事も少しできるようになってきた。だから、友人の言葉もある程度、受け止めきれた。僕は、自然とその世界を現実なんだと受け止めはじめてきた。

正確には「自分と少し違う世界だけど、まぁこの世界でいきていくし、現実に近い世界なんだろう」という諦観に近い受け止め方だった。この頃からも味覚はようやく戻ってきた。

それから、しばらくは脳はおかしかったが、おかしくなって1週間をすぎるころには、その変な部分もなくなってきた。熱が下がったのだろう。あるいは、なにかの感染症にかかっていたのかもしれない(診断で、「白血球が少ない。異常です」と言われた)。

そして、いま、現実に戻ってきた喜びをどこに残したいため、ここに記す。

ただ良いこともあった。あんな悪夢ような経験をしたら、現実の辛いことや大変なんて、ほんとにどうでもいい誤差のレベルになった。僕の髪にいま白髪がないのがおかしいほど(実際は多少はあるが)、しびれる体験だった。人は辛い経験をすると、一晩で髪の毛が真っ白になるということがあるというが、それになってもおかしくないほどの体験だった。

「自分は死んだ」と認めるような出来事だったのだから。

とはいえ、良い経験とは全く思えない。少なくとも「夢で会いたい」なんて僕は今後、二度と言わない。

 

Spotify

 「何を聞いているの」

私が勇気をもってきくと、彼がイヤホンを貸してくれた。耳にすると、なんだか軽快な音楽が流れてきた。

AmPmって知ってる?」

知らないと答えると彼が言う。

「日本人のアーティストだけど世界中で聞かれてるの。でも、覆面で、誰かわからないんだ」

へー、と思いながら、私はその音楽を聞く。日本ぽくないな、と思いながら。

「こういう音楽好きなの?」

「んー。こういう音楽だけじゃないけど、いろんな音楽を聞くのが好きなんだ」

私は日本の曲しか聞かないから、いろんな曲を聞いているミサキ君のことがすごいな、と思った。なんだか私の聞いている曲は恥ずかしいなと思った。だから、「どんな曲を聞いているの」と聞かれても「あんまり音楽聞かない。わからなくって」と答えた。

「そうだ。ササキさんってSpotifyつかってる?リスト共有するよ」

と、ミサキ君がいってくれた。Spotifyは、友達にすすめられて登録はしたけど、ほとんど聞いていなかった。確か音楽が聞けるアプリだ。でも、ミサキ君と何かが共有できるなら、もちろん断らない。

「あんまり使ってないけど、ぜひ!」

そうしてミサキ君は、ミサキ君の「favorite songs」というリストを共有してくれた。songじゃなくてsongsという複数形なのがかっこいいな、なんてことを思う。

それから私はミサキ君のリストを聞いた。よくわからなかったけど、ミサキ君の聞いている曲ならいい曲のような気がした。でも、歌詞は何をいっているかわからないので、検索して調べた。

30回くらい聞くと、どの曲も好きになってきた。リストに入っている曲の再生回数がみれた。少ないのだと2万回くらいだ。私が1日10回くらい聞いているから、私のせいで再生回数が増えてるんじゃないかと思った。ミサキ君に私が熱心に聞いているのがばれたらどうしよう。

また帰り道、ミサキ君と一緒になることがあった。

「この曲が好き」と好きな曲を言うと、「そうだろ。その曲いいんだよ」とミサキ君もいってくれた。Spotifyありがとう。

ある時、ミサキ君のリストに新しい曲が入っていた。エルトンジョンという人の「Your song」という曲だった。

皆に言っていいんだよ「これは私の歌なの」ってとってもシンプルな歌だけど、今出来たからさ

素敵な歌詞だった。もしミサキ君が私のためにこの曲を入れてくれたのかも、と思った。思い上がりかな。でも、いままでのミサキ君の入れてくれていたテンポの早い曲とは違う曲だから、なんだかそんなことを思ってしまう。

それから、ミサキ君と一緒に帰った帰り道の回数を思い出した。まだ30回は超えてないかな。音楽と同じで、たくさん一緒に帰ってるから好きになってくれてないかな。

次にあった時にいってみよう。「Your song」が今は一番好きだよ、って。

 

タクシーの中での電話

地中海のある島を旅行していた。その国ではUberは使えない。だからタクシーを使う。

 

時差ボケの頭をしゃきっとさせるように水を飲んで部屋を出る。ホテルのフロントに頼んでタクシーを待つ。タクシーを待つ間、日本で残してきた仕事のことを考える。距離が離れると思考も離れるというけれど、こんなに距離が離れても仕事のことが残っているなんて、仕事の粘着度が高いな、なんて思いながら。

数分でくるといったタクシーが10分ほど遅れてくる。でも気にしない。なぜならこのくには南国なのだから。

タクシーに行き先を伝える。片言の現地の言語で。タクシーはOKといって狭い道を走り出す。運転しながらタクシーの運転手がしゃべる。「何?」と聞くと、スマートホンに指を指す。

彼は僕と喋っているのではない。スマートホンを通じて誰かと喋っている。

- 喋りながらの運転か、危険だな

と思いながらうとうとする。なんせ時差ボケで昨日はあまり眠れなかったのだ。何より仕事のことが気にかかる。タクシーの運転手の会話に注意を払うほどの余力はない。

それでも、室内に聞こえる電話相手の声。現地の言葉なので理解はできない。でも、もし僕がこの言葉を理解できていたらどうしたんだろうな。人の会話をこうもどうどうと聞かされることはあまりない。何より誰と話しているんだろう。女性の声は、恋人の声にも聞こえる。すると女性の泣き声が聞こえてきて、電話が切れた。

電話が切れたタイミングで、聞いてみる

- novia(恋人?)

運転手が「ノー」と大げさな身振りで答える。運転の前をちゃんとみていてくれよ、と思いながら、僕は次の質問を考える。この言語は大学時代に習ったきりだ。他に単語は思いつかない。とはいえ、日本語であっても、この次の適切な質問は思い浮かばなかっただろう。

電話が再度かかってくる。絶妙なタイミングだ。

- mi nina

と男がいって、電話を取る。「nina」ってどういう意味だったか。そんなことを考えながら、電話の相手の声に耳にすます。

- あ、子供という意味だ

電話相手は自分の娘だったのだ。

運転しながらの電話は危ないな、と思っていたけれど、自分の娘への電話なら、なんだか許せるような気がした。もしかしたら彼は子供を家に留守番させながら働いているのかもしれない。あるいは、娘に悩みがあって、その話を聞いてあげているのかもしれない。

- nina(ニーニャ)

と僕はつぶやく。男はこっちをちらっとみてうなずく。泣き声はやんでいる。

僕も仕事のことは忘れている。

 

 

 

嘘の代償

「男ともだち」という小説でこのようなエピソードがある。嘘をついた日の帰りは果物を買いたくなる、という話だ。

人は生きていれば大なり小なり嘘をつく。「友達と飲んでた」「ごめん、いま起きた」「道が混んでて」「ごめん。明日リスケさせてもらえない?仕事入った」。

時には、相手が「嘘だ」とわかると思ったとしても嘘をつかないといけない場面もある。人は時にそれを必要な嘘、というし、あるいは、「良い嘘」とも言う。

しかし、嘘は気づかぬうちに人を蝕んでいく。嘘は、自分の体に1つ鍵をかけるということだ。そして、キーを忘れると嘘が体から出てしまう。

- あれ、先週は仕事っていってなかった?

- その時間は、あなた、Facebookでオンラインになってたじゃん

- お金、手術代にいるっていってたよね

だから、1つ嘘をつく度に、あなたはキーを1つづつ増やしていく。どんどん重くなる鍵の重み。

女がキッチンでお茶を入れながら言う。

- あなた、昨日は会社の飲み会っていってたよね。玲子が、渋谷であなたを見たっていってるんだけど

男はテレビを見ながら考える。テレビのシーンは頭に入ってこない。冷たい汗が背中を流れる。閃光が頭の中を照らし出し、真っ暗な闇が訪れた後に腹をくくる。

- いや。銀座で会社の人と飲んでいたよ

無意識に、手をつよく握っている。女がお茶を入れる音が聞こえる。そして、訪れる静寂。

- そう

女は言う。お茶をもって、机の上におく。男はテレビから目を離さない。女の方をみようとするが見れない。女も男の顔は見ない。

男は思う。昨日は、別の女と会っていたことに嘘をつき、今日は、いっていなかったと嘘をついた。利子がついたように2つに増えた嘘の重みを男は肩に感じる。肩のこわばりを感じる。

いつかまたこの鍵をさらに宝箱に入れて、宝箱のマトリョーシカができる。男は、全部を言いたくなる。「ああ、俺は昨日、渋谷にいたよ。昔の同級生の女と飲んで、道玄坂にいったよ」と。そこで「何もなかったよ」と嘘を重ねることも考える。目の奥が痛い。

男はすべてを言いたくなるが、言えない自分を理解している。テレビから笑い声が聞こえる。男の耳には入らない。女の耳にも入らない。

- そう

という女の声が男の頭で響き渡る。まるでごみ回収車に投げ込まれたゴミの音のように、悲しげで乾いた音のようだ。