ユージュアルサスペクツ
ユージュアルサスペクツという映画がある。足を引きづったオヤジがハッスルする映画だった記憶がある。
このユージュアルサスペクツ(usual supects)は、「いつもの容疑者たち」という意味合いでカサブランカの映画のセリフからとられている。
でも、私のユージュアルサスペクツはもっと違う意味を持っている。彼のジャケットの匂いを嗅いで思い出したのは、「ユージュアルサスペクツ(いつもの嫌疑)」という単語だった。
最初に「おかしいな」と思ったのは、LINEだった。「これから帰る」という一言が、なぜかいつもより質感が違っていた。「なぜ」というのは言えない。ただ「ちょっと気になるな」というものだった。いつもはある顔文字がない。そしてLINEの返信のタイムラグ。そんな普段より少し違う点が重なって「何か違うな」という思いに繋がる。
そして、帰ってきた途端「シャワーを浴びる」という行動。普段なら、少し話をしてから行くのに。体に女性の匂いか何かが付いているのかもしれない。そして、「今日は誰と飲んでたの」という質問に対する「アツシ」との回答。親友であり、一番無難な答え。
どれも決定的な疑惑ではないけれど、全てを含めて考えると、彼はクロに近いグレーだ。
私はそうしていつも「怪しい」という嫌疑を相手にかけてしまう。もともと疑心暗鬼だからかもしれない。あるいは、人よりも勘が鋭いのかもしれない。昔から、人の嘘を見抜くのは得意だった。相手が嘘を付いている時の声のトーンが少し異なることさえも気づいてしまう。
ただ、彼の大したところは「絶対に証拠」は残さない。メールをみたこともあるし、クレジットカードの明細で嘘がないかを探したこともあるし、彼の精液の量さえも調べたこともあるけど、どれも「疑い」のレベルを超えるものではなかった。
証拠がない以上、私は彼をクロにすることはできない。そして、私はまた「ユージュアルサスペクツ」とつぶやくことになる。
でも、証拠をつかめないならつかめないで良いのかもしれない。私が疑惑を持ち続けているということが彼に伝われば。そうすれば、彼は証拠を出さないように用心はしても、まさか私が浮気をしているなんて考えないだろうから。
そして、私は足を引き釣りながら、ケビンスペイシーごっこをする。「ミューチュアル(相互の)サスペクツ」とつぶやくのだ。