寝る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます

デートのお作法

「女性は、いろんなデートの仕方をしってるけど、男性は1つのデートのやり方しかしらないんだよ」

- どういうこと?

「デートは、だいたい男性がリードするじゃん。特に最初のデートは。

場所とか時間とか、お店とか。それに、待ち合わせをどこにするか、メニューをどう頼むか。二軒目はどういくか、とか。

だから、男性は自分のデートのやり方をするの。で、女性はいろんな男性とデートにいくから、いろんなやり方を知るわけ」

- なるほどねー。じゃあ、男性は他の人のデートのやり方を知らないのか

「そうなんだよ」

- じゃあ、今度、男性とデートしてみたら?

「いいね。その場合は、じゃんけんで幹事を決めるのかな」

- でもその場合って、男女のデートの作法とは違った作法が必要になってきそうだよね、もはや。

「もはやそうだね。席の上座にどっち座るかとかも男女だと女性が上座だけど、同性同士ならどうするのかな」

- もはや、デートのやり方とかそういう話じゃないね。哲学論争になりそうだね。

デートの思い出はいつも雨

晴れたらしたいことがたくさんあった。

ピクニック、お散歩、テラスでランチ。

昔の歌で「晴れたらいいね」という歌があったけれど、その歌を聞くと私はとても寂しくなる。

山へいこう次の日曜

という歌詞を聞いて、私は「晴れても、私は山にいけない」と悲しい気持ちになった。

なぜなら、私の恋人は土木工事で働く人、すなわち土方の人だったから。だから、雨になると仕事は休む。その分、晴れていると休みなしで働いていた。

だから、私はその人とのデートはいつも雨だった。梅雨になると一緒にいれることを喜んだけれど、彼は、雨だとお給与が減るから、少しいらだっていた。

私のデートの思い出はいつも雨だった。部屋のベッドから窓に滴る雨水を眺めていた。

でも1度、晴れの日にデートをしたことがある。

「誕生日どうする?」と彼が聞いてくれたので、私は「晴れの日にデートしたい」と言ったのだ。

彼は、「わかった」と笑ってくれ、はじめての晴れの日のデートをした。ただの散歩だったけれど、そんなことがとても楽しかった。

傘をささずに彼と手をつなぎ歩くことができた。おしゃれをしながらデートをすることができた。太陽を浴びながら彼と話をすることができた。

「もしかすると前世は植物だったのかな。 こんな太陽がうれしいなんて」と私は太陽に向かって呟いた。

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今週のお題「晴れたらやりたいこと」

パクチー理論

- 男はいい女を見たら、すぐに恋するじゃん。女は時間がかかるんだよ

と、レイコが飲み会で言っていた。

そうかもな、と思った。

それをレイコは「パクチー理論」といっていた。

多くの人は最初はパクチーが苦手だ。ただ、ずっと食べ続けているといつしか好きになってくる。タイで「NOパクチー」といっても、パクチーが出続ける地獄を経験して、パクチーが好きになる。

恋愛も同じだ、と。男と出会う回数が増えると、いつしか好きになる。

女性が「1回目のデートで家にいかない」のは、「1回目だと遊ばれるから」と思うのではなく、「まだ恋愛温度が上がってない」からだと。

女性は3回、4回と会ううちになんだかその人を好きになっていく。面白いのは、時間ではないということだ。5時間一緒にいるよりも、1時間づつ2回会った方が親近感は増したりもする。

大勢のイベントで何度かあっているだけでも恋心になったりする。これがパクチー理論だ。

そういうレイコは、ある男と結婚した。

その男は、レイコの最寄り駅の駅員さんだったそうだ。

 

 

ルイボスティ

起きて「ここはどこだ」と思った。ああ、繁華街のラブホテルだ、と気づく。

クラブで出会った女の子とそのまま駆け込んだラブホテル。2軒が一杯で3軒目にようやく空いていた。少し高かったけど。

そして、気づけば、今だった。朝だった。僕と隣で寝ている彼女は裸で寝ていて。

僕は布団からのっそりと起きて、酒が残る胃にムカムカして。水を飲みたいけど、ラブホの水は200円もするので、なんだか悔しい。

しかたなく、備えつけの安いインスタントコーヒーを僕はあける。水を沸かす。

そして顔を洗っていると、女の子も起きたようで。

「コーヒー飲む?」と聞いたら「いらない」と言われた。

ああ、コーヒーを飲めないのか、と理解した。代わりに水をあげた。200円のエビアンを。

数日後、彼女と食事をする機会があった。

食後に、「紅茶を飲む?」と聞いたら「いらない」と言った。コーヒーも飲めなくて、紅茶も飲めないのか、と思った。

「カフェインが飲めないの」と彼女は言う。

「それを知った友達がね、このあいだ、ルイボスティーをくれたの。ルイボスティーはカフェインが入ってないの。優しいでしょ」

と彼女はまくし立てた。僕は「コーヒー飲みたいな」と思いながら、うんうん、とうなずいた。

そして、こっそり携帯でルイボスを調べる。

ケープタウンの北にしか自生しないとか。いったこともない南アフリカ共和国の山間のルイボスを想像してみた。

二日酔いには効かなさそうな葉っぱだな、と思った。なんとなく。

でも「ルイボスティはカフェインが入ってない」という情報は覚えておこう。いつか、なんかのクイズで出るかもしれないし。

なんのクイズだよ、と自分で突っ込んだ。彼女は優しい友達の話を続けている。僕は「コーヒー飲みたいな」と思っている。

お酒を飲めないから

飲みが嫌いだった。

みんな酔っ払う。同じ話をする。シモネタばかりする。オチのない話をする。

皆は酒を飲む。僕は飲めない。

でもお金は割り勘。僕はみなのお酒の分まで払う。彼らの肝臓を壊すための支払いをしているようなものだ。

世の中に不平等というものがあるならば、それは、もはや男女の差ではない。その差は今は縮まり、それよりも、お酒を飲める人と飲めない人の差の方が大きいのではないか。もはや革命ではないか。酒飲めない人革命をすべきではないか。

そう僕はお酒が飲めない。だから、どうしてもいかないといけなくなった飲みの時は白けてしまう。

みながアルコールが入ってエンジンがかかりだした頃に、反比例するかのように僕の顔は白くなっていく。

つまらなさそうに話を聞き、携帯でツイッターを見る。つまらない話をしてるな、という顔で相手の顔を見る。

でも、今日、言われたのだ。昔からの友人との飲み会で。

「ヒデキって、飲みの時、ほんとにつまらなさそうにしてるよな」と。

確かに、僕はつまらない顔をしていただろう。なんなら、「僕はつまらない」という思いを他の人にも理解して欲しいほどだった気がする。

でも、その後に言われた言葉が僕の胸に刺さった。

「でも、みんなは楽しくない飲み会でも、楽しそうにしてるんだよ。お前は、それをサボってるだけだ」

僕はみなが楽しいと思っていた。お酒を飲んで楽しくなっていると思っていた。

でも、よく考えたら、お酒を飲んでも「つまらない」と思ってる人はいるんだ。でもその人たちも愛想笑いをして、酔っ払ったふりをして、何度も聞いた話を黙って笑って聞いているのだ。

そうだったんだ。僕は、自分だけが犠牲者だと思っていた。お酒を飲めない僕だけが取り残されていると思っていた。

でも、違った。僕は、サボっていただけなんだ。

僕はその言葉を帰り道で反芻する。僕は、酒を飲めないという言い訳で、飲みの席を楽しくする努力を10年以上サボっていた。

僕は、その事実を冷笑したかったけれど、うまく笑いの表情を作れなかった。

父の呪い

小学二年生頃のことだったように思う。

私はその年頃にふさわしく公園や街を駆け回っていた。いま思い返せばよく車などとの接触事故をしなかったな、と思うけれど、いずれにせよ駆け回っていたのだ。

そして案の定、怪我をした。あの頃の怪我なんて日常みたいなものだ。でもその時の怪我は普段の怪我よりも少し大きめの怪我で。

公園でつまずき、ガラスのようなもので足を切ってしまった。そして足から血が流れた。

僕にとってその怪我はなかなか大きな怪我で、特に流れる血が多かったから少し動転して。

慌てて家に帰った。その時は日曜日だったか、父が家にいて。その怪我を見た父は私に言った。

「そんな怪我たいしたことない。つばつけておけば治る」

それは父なりの優しさだったのかもしれない。気が動転して、慌てている私を不安にさせないための。

その後に母親が出てきてマキロンかなにかを塗ってくれて傷テープを貼ってくれた。

その父の言葉が私の中にすっと沈殿していて。私が怪我をした時はいつもこの言葉を思い出すようになってしまった。

- そんな傷、大したことはない

なんだか父に揶揄されたようなこの言葉で、私は自分の怪我や傷が大したことないんだ、と思い込むようになった。

だから、この何年後に、やけどをした時も慌てず自分で治療をしたし、自転車でコケた時も「こけちゃった」と気丈に笑っていたように思う。

それは呪いのようでもあり、また救いのジンクスのようでもあった。

私が仕事に失敗した時や恋愛で失恋した時も、心の奥からこの言葉は現れて。そして、父はこういうのだ。「そんなもん大したことない。つばをつけておけば治る」と。そして、私はその言葉に呪われながら、救われながら、その痛みを我慢し続けていきてきた。

でも、流石に、こうやって父がなくなった時は「たいしたことない。つばをつけておけば治る」とは思えなくて。

私は、つばをつけても治らない空白を感じ、号泣をした。

退職の予兆

役職者にとって、社員が退職する予兆を見つけることは大事だ。

「辞める」と辞表がでた時には、もう遅い。その時には、その人の決意が固まってるから。だから、そうなる前に、ケアをすることが大事で。だから、「やめそう」と思ったら、面談を入れて悩みを聞いたり、面白い仕事をあてたり、給与を上げたりする。

その予兆の1つが「全社イベントに参加しないこと」だと聞いた。

たとえば、全社納会や月次の締め会といった飲み会や交流会に参加しなくなる。そうなったら、その人は辞める直前だと思っていい。

結婚生活も同じだ。

急に帰りが遅くなれば浮気を疑った方が良い。ワイシャツにしらない香水の匂いがついていれば怪しんだ方がいい。今までなかった出張が増えたら、もう浮気だ。

そんなの今から考えれば、予兆ってわかったはずなのに、どうして私は気づかなかったのだろう。

- 女は気づかない。予兆に気づかなかったというのは、女が他のことに夢中になっていたからだ。他の男に夢中になっていたからだ。

- 彼がその予兆に先に気づいていたことも、女は気づかない。

- 退職を考えている人は自分の部下の退職の予兆に気づかないように。