眠る前に読む小話

寝る前に1分ほどで読める小話です(フィクションとノンフィクションまぜこぜです。最近テクノロジーをテーマにしたものに凝ってます)。読者になっていただけると欣喜雀躍喜びます あとスターも励みになります!

サウナでする会話は何が正解?

以前、twitterでは「マクドナルドで女子高生がいっていたのだけれど」という枕詞が流行った。自分の意見を他の人が言っているようにいう手法で。

僕はマクドナルドで女子高生の話を聞いたことがあるか、といわれると、記憶にない。マクドナルドで聞く会話はきっと記憶には残らないのだ。それがマクドナルドの良さなのだ、マクドナルドでは重い会話は似合わない。コーラで流し込めるような軽い会話がきっと似合う。「今日何する」とか「テストの試験勉強した」とか。

方や、僕はサウナで人の話を聞く機会が増えた。

サウナでは会話は禁止されることも多いが、とはいえ、話をする人もいる。そして狭い部屋で静かな部屋なので、いやでも話は耳に入ってくる。

面白いのは話のテーマだ。世の中の女性は知らないと思うが男性も恋愛話をするのである。そして、それをサウナでするのである。

それはきっとサウナで哲学や経済の話をすると、サウナの5分では終わらないからかもしれない。サウナの5分では、恋愛のさくっとした現状報告に向いているのだろう。あの子とデートしたんだ、みたいな。

あるいは、裸になるとつい女性のことを思い出すのか、あるいは、裸の付き合いで、心も開いて、恋愛話をしたくなるのだろう。

以前、池袋のサウナでの話。男性3人が合コンで会った女性の話をしていた。破れた服を着ている女性の話だった。でも、その男は、その女性を気に入った。後日、デートをした。7時間も話をした。そして家にきたー。

そこまで聞いて、僕のサウナに入っている時間は10分を経過し、「サウナでぶっ倒れるリスクをおかしてまで、その話を最後まで聞くか」という決断を迫られたのだけれど、僕は命を優先した。若ければ、命をかけて最後まで聞いただろう。なぜ彼女は破れた服を着ていたんだろう、って。

世の中にはそんなサウナの時間で区切られたどうしようもない恋愛話がちぎっては捨てられてしていて。それはサウナの楽しみ方の1つでもある、きっと。

でも、僕が今度、聞きたいのはサウナで出会った人と恋に落ちた話だ。そんな経験がある人がいたら、ぜひ教えてください。

僕?僕はといえば、アメリカのサウナでこういう話があったよ。アメリカのサウナは混浴のところがあって。それはナパの近くのサウナでプールも併設したアメリカンなサウナで。そこで、たまたま一緒になったのがアジア人の女性だった。サウナは出たり入ったりするから、2回目に横になった時に思わず話しかけたんだ。

- おっとサウナを出る時間になった。この続きはまた今度ね

Airtagで偶然の再会を装って

 

 

AppleのAirtagを知ってるか。

それをつけているとその位置がわかるというものだ。基本は、自分のカバンやペットにつける。そうすれば無くした時に、iPhoneからその場所がわかる。子供にもたせておいてもいいかもだ。

でも、これを悪用するやつもいる。そう、俺のように。

気になる女性のカバンにこれを入れておけば、彼女がどこにいるか俺には手に取るようにわかる。あとは、レストランやカフェで偶然会ったフリをする。

「わぁ、偶然だね。ここで何をしてるの」

そうして2回も偶然を装い会えば、その人は、俺のことが気になる。人は運命の出会いを好むから。

今日も、美佐子を追いかけている。幸いなことに彼女は、iPhoneではなくandroidだ。iPhoneだったら、「あなたのものじゃないAirtagがあなたと一緒に動いていますよ」という警告を出すからな。だが、androidだったら、いくら俺が彼女の後を追っていてもばれないんだ。

そんなこんなで、美佐子が入ったバーに20分遅れで入る。すぐに入ると怪しまれるからな。しかし、こんな会社から離れたカフェに、なぜ美佐子が...。

バーに入ると、そこは20人くらいの小さな箱だった。俺は美佐子を探さない。目の奥では部屋のテーブルの端に座る美佐子を目で捉えている。ただ、美佐子は男と喋っていて気づかない。

ー誰だ、あの男は。

入った時は1人だったのに。待ち合わせだったのか..。許せない。邪魔をしてやる。

俺は美佐子から離れたカウンターに1人で座り、携帯を眺める。そしてトイレに行く時に、気づいたフリをする。

「ああ、美佐子じゃないか。こんなところで合うなんて久しぶり」

「ああ、高木さん、こんにちは」

「これも偶然だね。もしよかったら少しとなりに座っていい?」

美佐子は少し間をおいて、「どうぞ」という。

男はぎこちない笑みで、「こんにちは」という。

誰だ、この男は。話を聞くと、美佐子のもとの会社の同僚らしい。ただ待ち合わせしたのではなく、偶然出会ったそうだ。彼氏でもなければ気にすることはない。

そして、1時間も飲んだころ、男が「そろそろ帰ろうかな」という。美佐子も「じゃあ私も」という。であれば、俺も帰る。男と美佐子の距離が近い。この2人を一緒に帰らせるのは危険だ。

お会計をして外に出る。駅までは少し歩く。

すると、男のiPhoneから警告音が聞こえる。男はiPhoneを取り出して画面を見る。「Airtagがついてるって」と男が、不思議そうな顔で自分のiPhoneを見る。

ーまずい

美佐子につけたAirtagは、男のiPhoneに反応している。まさか美佐子と一緒に異動する人の携帯に反応するとは想定していなかった。

美佐子は立ち止まる。男は美佐子と俺の顔を見ている。

俺は冷や汗が背中に流れるのを感じる。

ーやばい、逃げるか。美佐子のカバンからairtagが出てきたら、怪しまれるのは俺だ。

その時だった。

「ごめんなさい。それ私が入れたの」

美佐子が言い出した。

「え?」

男がいう。俺ももちろんいう。

美佐子が男のカバンを開けて、ゴソゴソとすると、そこにAirtagが出てきた

ーえ

俺はこころの中で叫ぶ。どうして、男のカバンにairtagが。俺が入れたのは、美佐子のカバンだ...。

「あなたのことが好きで、後をおいかけたくて、このAirtagをあなたのカバンに入れておいたの。さっきバーで出会ったのも偶然じゃないの。私があなたの場所をこっそりおいかけて、わざと偶然を装って出会ったの」

男は少し黙る。

「こんな偶然なんてなくてもよかったのに」

男は美佐子を抱きしめる。俺は、2人を残してタクシーに乗る。

タクシーの中で、携帯から、美佐子のカバンに入れたAirtagは消す。男の家の場所なんて知りたくないから。

インスパイアもと

>AirTagを知らずに取り付けられた場合、ユーザーに警告が発せられることが判明 - iPhone Mania

異国でみるべきはツイッター?インスタグラム?

遠い異国の首都からさらに飛行機を乗り継いでたどり着く街で宿をとる。

「とれるチケットならどこでもいい」と考えた旅行だったけれど、思ったよりもワイルドな街に降り立つことになった。英語もうまく通じないし、そもそも空気だって日本と違う。水が国によって異なるように空気だって国によって異なるものとなる。アジアの島国に降り立つ時に南国の匂いが鼻孔を驚かせるように、異国の空気は肺を驚かせる。「なんかきたよ」と肺があわてて声をあげる。深呼吸して、落ち着かせる。「大丈夫、この空気は吸っていいんだよ」。何度か深呼吸すると肺にその空気が馴染み、身体が少し落ち着いてくる。それでも、脳はなかなか現地の国になじまない。

一人が好きだ、という人でも異国の地に一人でいると、その寂しさには耐えられないことが多い。これは病気にも近い。風邪をひくと思考回路が落ちるように、孤独は人を不安定にさせる。部屋のどこかでなくした指輪を探す時に、あなたはいろいろなものを裏返し、扉をあけ忙しくなく駆け回る。異国の街では脳がそのような状態になる。「ここは何だっけ。あれはどうだっけ」と。

それでもいまは携帯電話がある。どこでも簡単に現地のネットワークにつなげることができる。十年前はそうではなかった。海外のネットワークにはWifiモバイルが必要だった。海外は携帯のつながらない国だった。

携帯を見ると、いつもの日常と変わらぬ日々が流れている。ツイッターでは、いつも喧々諤々、他愛もないことに議論をしている。まるでツイッター全体が大喜利のように。

異国ではそのツイッターの日常がうまく脳に直結しない。まるで匂いのないパクチーのような不思議な感覚がそこにはある。日本語なのに、すっと頭に入ってこない。

そんな時に僕はインスタグラムを開く。そして、自分のいる場所の名前のタグを検索する。カタカナで。そうすると、そこには、多くの日本人たちを見ることができる。

国という枠組みなんてと思っているくせに、異国においては、同じ言語をしゃべることのありがたみをしる。

そうして、それに少し勇気づけられる。同時に自分が日本人であることに逃れられない悲しさを知る。カタカナで検索した地名を英語になおして再度検索する。そして、また日本語でタグを検索する。

 

テクノロジーで花見はどう楽になった?

テクノロジーによって我々の生活はとても便利になったと言われるけれど、実際、便利になったものは少なかったりする。花見なんて、なにも便利にならばい。

たとえば、週末に花見を予定したとして、「週末の天気は?」と簡単にインターネットで調べられるようになったかもしれない。ただ、昔から、177に電話をすれば、天気を知ることはできた。

花見の撮影がスマホでできるようになったからって、撮影は昔からできた。インターネットができたからといって数千年前から桜の美しさは変わっていない。

結局のところ、テクノロジーが進化しても花見の場所取りは変わらずしなくてはいけない。pepperが代わりにやってくれるわけではない。

花見のビールも携帯から出せるわけではない。結局、買いに行かないといけない。

それでも、少なくとも1つは便利になったことがある。花見に体調不良で参加できない友人の家に、見舞いとして食べ物を届けることだ。

いままで、それはなかなかできなかった。友人の家の近くにあるデリバリー可能な店を知らないのだから。

でも、いまは友人の住所さえわかれば、Uber Eatsにその住所を入れてれば、オーダーをすれば、身体に優しい鶏スープを簡単に届けてあげることができる。なんなら花見の写真と一緒に。

もっとも、鶏スープが届いた時に、友人が裸で寝ていないように気をつけないといけないけれど。

デジタルに保存された思い出

男は、何度も何度も同じ映像を見ていた。

それは、ディズニーシーの映像だった。動画には女が映っていた。

インディ・ジョーンズ・アドベンチャーというアトラクションの行列に並んでいる2人。ポッキーを食べながら、カメラの方に話しかけている。男の声だけが聞こえる。男がその動画を撮影し、女が撮影をされている。

全体は10分もないほどだが、男は何百回とそのシーンを見ただろう。寝る前には見るのが日課だし、週末は酒を飲みながらそのシーンを見る。

男は思う。なぜもっと動画をとっておかなかったんだろうと。あれだけ一緒にいて、残っている動画がこれだけだなんて。

でも、その頃はこの恋愛に終わりが来るなんて思っていなかった。そして、ナオの動画がこんなに愛おしいものになるなんて想像もしなかったのだ。なぜなら、当時は生身のナオがそこにいたのだから。

見返すのはきまって動画だった。LINEでやりとりしていたテキストよりもその動画を愛した。声を聞きたかった。動いているナオを見ていると癒された。

男はこれがデジタルの動画で良かったと考える。これでテープだと何百回も再生してテープが擦り切れていただろうから。よく聞いていたテープレコーダーがある時、急に切れたのを思い出した。

しかし、男にとってはテープが擦り切れた方がよかったのかもしれない。もうこの動画から決別できるのだから。デジタルは、我々の思い出を永遠なものにした。それは、我々が思い出から永遠に逃れないことを意味するのだ。決して劣化せず、決して色あせない。それは人類にとって本当に良いことなのかは、まだ誰もわからない。

ナッツアレルギー

飛行機に乗っていると離陸前にこのようなアナウンスがあった。

「この機内には、ナッツ類に強いアレルギーをお持ちのお客様がいます。機内ではナッツ類を召し上がらないようにお願いします」と。

飛行機は少なからず乗っているけれど、このようなアナウンスは初めてだったので「へー」と思った。いつも離陸前に寝ているから聞いていないだけかもしれないけれど。

それは、2つの思いがそこにはあった。

  1. どれくらい強いアレルギーなんだろう。どれだけ大変なんだろうというその人への想像
  2. みなで力をあわせてナッツを避けるという行為について

その人は人生でナッツは避けていきているだろうけれど、とはいえ、いたるところにナッツはある。バーのおつまみ、機内でのスナック、そして、レストランでのアパタイザー。

どれくらい彼、ないし、彼女がナッツを苦手なのかわからないが機内でのナッツを惨殺するほどだから、かなり敏感なのだろう。おそらく同じ部屋でナッツを食べれないくらい。そう考えると、その人はなかなかバーやレストランに行きにくいだろう。

おそらく予約する時に「ナッツはでますか」と聞くだろうな、と思った。ナッツの種類でも苦手なナッツはの度合いは変わるのだろう。ピーナッツかカシュナッツ、あるいは、アーモンド。

その人のナッツを避ける人生を少し思った。

そして、機内で、全員が力をあわせてナッツを食べないという状況を思った。

ただ、もし、もし、これがアルコールだったらどうしたのだろうか。機内のみなに我慢させるのだろうか。それはさせないだろう。ナッツという絶妙に軽視される存在だからこそ、そのアナウンスがあったのかもしれない。あるいは水だったらどうだろうか。水アレルギーの人なんているかどうかわからないけれど。

でも1人の人のために皆で力をあわせるというシーンは良いなと思った。もし僕がナッツが大好きならばいらっとしただろうが、とはいえ、その人の苦労を思えば「8時間くらい我慢するか」という気分になったものだ。その人のためにしばらくナッツを我慢することなどたやすい。お安いごようだ。

我々は1人では生きているわけではない。お互い助け合って生きている。

妊婦には席を譲るし、子供が事故りそうになったら助ける。女性の扉は明けるし、老人がスイカでもたついていたら代わりに押してあげる。外国人が道に迷っていれば「大丈夫」くらい聞いてあげるし、道で初心者マークの車が走っていれば、道を開けてあげる。

だからこそ、我々は力をあわせる。自分1人で生きていけないというのをわかっているから。

いつか自分もニューヨークで落とし物をして困った時に助けられた記憶があるから、自分も困っている人がいれば助けてあげようと思う。

そうして僕達はお互い、助け合いながら生きている。こんな「ナッツを食べない」という消極的なことでも僕たちはその環の中に入ることができる。

「そういえば」と、携帯電話のアプリを探すと「アレルギーチェッカー」というアプリをみつけた。前の彼女が、卵にアレルギーがあった。そのため、お菓子に卵が含まれていないかを確認するためにダウンロードしたアプリだった。

飛行機に乗る前にコンビニで買ったチョコレートのバーコードを読み取ってみた。すると、その食品にはナッツが含まれていないことを知った。よかった。

いつだって可笑しいほど誰もが誰か、助け助けられて生きるのさ。口ずさんでみた。

部屋にいる時にSiriが勝手に喋りだした理由

ミチコは思った。彼が出ていった部屋は思ったより寂しい。なくなったのは彼の荷物だけでなく、彼の存在だった。

彼は、テレビを見てはニュースに怒っていたし、YouTubeで面白い動画を見つけては笑っていた。当時は、うるさいと思ったこともあったけれど、その存在の大切さは、いなくなって初めてわかるものだ。

そんなことを考えながらミチコは部屋のベッドで横になって本を読んでいた。すると、携帯のSiriが起動する音が聞こえた。ティリン

すみません。よく聞こえません

 

 

「えっ!」と思わず、携帯から身を遠ざける。どうしたの、急に。周りを見渡すが、当然ながら、誰もいない。ここは彼がでていった寂しい部屋だ。誰もいない。

恐る恐る携帯を触ると、そこには、Siriが「すみません。よく聞こえません」という文字が表示されてあった。

「エラーかな」とミチコは考え、その画面を消す。本に戻る。

すると、5分後に、また同じことが起こった。

 

すみません。聞き取れませんでした

 

 

「Siri、私は何もいってない!」とミチコは思わず叫んでいた。

Googleで「Siri 勝手に話をする 理由」と検索する。すると、同じ体験をした人たちがでてきた。その人たちの分析によると「故障でそんなことが起きることもある」ということだ。良かった。私だけじゃないとミチコは安堵する。

でも怖いから携帯の電源を消そう。明日、Apple Storeにもっていって修理をしてもらおう。

ーー翌週

Apple  Storeで修理してもらっても、結局、直らないままだった。

1人で部屋にいると、また携帯から声がする。

すみません。聞き取れませんでした

 

 ミチコは驚くのを辞めた。もしかしたら、彼の存在がまだこの部屋に残ってるのかもしれないな、と考えた。

「Hey Siri, 彼はどうして出ていったの」

 

 

ミチコは、自分でつぶやいた。しかし、独り言を喋っていることに、ミチコはまだ気づかない。

 

・参考元ネタ

https://twitter.com/keibambooty/status/1076145754014593024