死にたくなった時は
10年前のことだ。
僕がお世話になった上司がいた。転職の報告に行くと、悲しみの言葉を一通りくれた。そして、激励の後に言ってくれた言葉が、年を経つごとに重みを増している。
死にたくなったら、美味いものを食って寝ろ
当時は、その言葉の意味がまだあまりわからなかった。僕はあの上司の元で守られていたのだろう。社会人3年目の僕にとっては、その言葉の意味がわかるほど修羅場はくぐっていなかったのだ。
上司は予言していたのだろうか。転職先の仕事がどれだけハードかを。多分、そうだろう。
転職先では、死にたい、とまではいかなくても、何度も「逃げ出したい」と思う時があった。あるいは絶望して「もう何もかも嫌だ」と思う時があった。
夜中3時に会社のビル前のコンビニで眠眠打破を買って帰るエレベーターの中で、ふと思い出すのは、この上司の言葉だった。
そんな時は、僕はすべてを放置して、まず美味いものを食べにいった。食べログで調べて、近所でその時間に空いていて、もっともランキングの高い店にいった。
カロリーや値段も気にせずにその飯を食った。赤坂の中華の天津飯や恵比寿の焼き鳥や代々木上原のビストロに。
食べたくなくてもいった。疲れている時は飯さえも食べたくない。それでも、この上司の言葉を思い出して、美味い店に訪れた。
口にすると「うまい」と思わず声を出すほどだった。
追い込まれている時は何も他のことは考えられない。身動きもできない。でも、なんとかうまいものを口にすると、自分の身体で眠っていた「生きたい」という本能が蘇ってくるのがわかった。スポンジに水を垂らした時のように、じんわりと寝ていた身体の細胞が起き上がってくるのがわかった。
そして、全てを忘れて寝た。時には2時間程度しか眠れないこともあったけれど、それでも寝た。上司が言うように「うまいものを食って寝た」。
起きると、まるで、数時間前まで「もういやだ」と絶望していたことが馬鹿らしく思えるほどに、世界が変わっていた。自分が何かに呪われていて、そのつきものが落ちたようにさえ感じたものだった。
そうして僕は我が身を守ってきた。倒れることもなかったし、どこかから飛ぶこともなかった。
きっと上司もこのように生き延びてきたんだろうと思う。タフでハードボイルドな上司だった。タバコを愛し、ウイスキーを愛する昭和的な上司だった。
あの上司も、こうやって死にたい時はうまいものを食って寝て、そして生き延びてきたのだ。生き延びるためには知恵が必要なのだ。
そして今、僕はあなたに捧げる。
- 死にたい時は美味いものを食って寝ろ
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インスパイア元のツイート
死にたくなったらまず寝ろという恩師の台詞も正解だったけど、死にそうなほど退屈したら、カメラを持って街を歩け、と教えてくれた先輩の台詞も忘れられない。外の世界に対する感度を意識的にでもいいから自力で引き上げて感性を守った方がいいと教えてくれた。この感性の自衛の考え方がすごく好きだ。
— F (@No_001_Bxtxh) 2017年3月6日